08〔ドリーム カム スルー〕
明神男坂のぼりたい
08〔ドリーム カム スルー〕
タタタタタタタタ
軽快なリズムで男坂を駆けあがる。
今日は三学期の始業式だ。ものごとは最初が肝心。
で、いつもより二割り増しぐらいの元気さで駆けあがる。
駆け上がって『神田明神男坂門』の標柱を曲がる。
いつもは、このまま拝殿の真ん前なんだけど、立ち止まって右を向く。
しめ縄張った大公孫樹と、その前のさざれ石に一礼。
大公孫樹は二本ある。古い親木と現役のと。
昔は、江戸前の海に入ってきた船のいい目印になったんだって。
さざれ石は、ほら『君が代』に出てくる、あのさざれ石。
一見工事現場から掘り出してきたコンクリートの塊なんだけど、岐阜県の天然記念物。なにかの作用で、石がくっ付きあって、転がりながら大きくなったもので『さざれ石の 巌となりて~』てのは、ほんとのことなんだ。
で、始業式には『君が代』だから、ま、ゲン担ぎというか、あやかるわけ。
そして、いつものように拝殿の前でペコリ。
今朝の巫女さんは窓口(神札授与所)当番。ほら、お御籤とか御守りとかのグッズ売り場。
ペコリとニコリを交わす。
チラッとおみくじ結び所が目に入る。正月明けなので、集団あや取りみたく十何段に張られた紐に鈴なりのお御籤。
正月明け、まだ三が日の火照りを残している境内の空気を吸って、さあ、学校へ!
水道歴史館が向こうに見えてきたところで、視界の端に関根先輩。
ちょっと離れてるけど、後姿だけでも、他の同じ制服たちに混じっていても分かってしまう。
でも、声を掛けたりはしない。
今年も幸先いいとだけ思っておく。
でも、神田明神と関根先輩でマックスになった高揚感も、学校が近くなるにしたがって冷めてくる。
学校が持ってる負のエネルギーはすごいよ。
スターウォーズの暗黒面だよ、ブラックホールだよ。
でもね、明神さまで元気もらってるから、冷めるといっても、サゲサゲとまではいかない。
えと……まあ、ニュートラル的な?
それにね、三学期の始まりは、冬休みが短いせいもあって、一学期の新鮮さも、二学期のうんざり感もない。
ああ、始まったんだなあ……です。
学校には、クラブの稽古で二日前から来てる。稽古は始まってしまったら……まあ、まな板の鯉。ほんとうは頭打ってるんだけど、今日は、それには触れません。
体育館の寒いなか、校長先生を始め生指部長、進路部長の先生のおもしろくない話と諸連絡。
先生の話がおもしろくないのは、内容というよりも、エロキューション、つまり滑舌と発声。それとプレゼンテーション能力が低いから。
演劇部やってると、先生たちのヘタクソなのがよく分かる。音域の幅が狭くて、リズムがない。つまり声が大きいだけ。終わって回れ右してホームルームかと思ったら、保健部長のオッサンが最後に出てきた。
「今から、大掃除やります!」
ホエエエエエ
七百人近い生徒のため息。
ため息も、これだけ揃うと迫力。
なんか、体育館の床が瞬間揺れたような気がした。オッサンはびくともせずに大掃除の割り振りを言う。
ただ一言。
「教室と、いつもの清掃区域!」
わたしは思った。
大掃除やるんだったら、おもしろくない話なんか止して、チャッチャとやって、ホームルームやって、さっさと終わっちゃえばいいのに。
あたしたちは、学校の北側校舎の外周の当番。
昇降口で、下足に履き替えなきゃならない。
下足のロッカー開けて……びっくりした。来たときにはなかった封筒が入ってた。
直感で男の手紙だと思った!
すぐにポケットにしまって、校舎の北側へ。掃除するふりして手紙を読んだ。
―― 放課後、美術室で待ってます。一時まで待って来なければ、それが返事だと諦めます ――
最後にイニシャルでHBと書いてある。
一瞬で頭をめぐらせて、そのシャーペンの芯みたいなイニシャルの男を考える。クラスにはいない……あたしも捨てたもんじゃないのかなあ(≧ω≦)。
いっしゅん関根先輩の影が薄くなった。
ホームルームが終わると、あたしは意識的に何気ない風にして、美術室へ行った。
美術教室は、ドアに丸窓があって、そこから小さく中が見える。そこから見た限り人影は見えない。
ちょっと早く来すぎたかなあ……そう思って、こっそりとドアを開ける。
「あ……!」
思わず声が出てしまった。
そこには、美術部のプリンスと、その名も高い馬場さんが居た。
そして、目が合ってしまった!
馬場さんは、三年の始めに仙台から転校してきたという珍しい人で、絵も上手いし、チョーが三つつくぐらいのイケメン。どのくらいイケメンか言うと、イケメン過ぎて、誰も声が掛けられないくらいのイケメン。声をかけるのはモデルのスカウトマンぐらいのものらしい。
その馬場さんが声を掛けてきた。
「なにか用?」
「あ、あ、あ……」
声聞いただけで、逃げ出してしまいそうになった(;'∀')。
「あ、その手紙!?」
やっぱり、手紙の主は馬場さんだった!
で、次の言葉で空が落ちてきた。
「間違えて入れちゃった……オレ、増田さんのロッカーに入れたつもり……ごめん!」
増田っていうのは、あたしのちょうど横。AKBの選抜に入っていてもおかしないくらいかわいい子。今の段階では、なんの関係もないので、詳しいことは言いません。
「増田さんが趣味だったんですか!?」
「え? ああ、絵のモデルとしてだけど……」
と、言いながら、馬場さんは、あたしの姿を上から下まで観察した。なんだか服を通して裸を見られてるみたいで恥ずかしい。
「失礼しました! あたしクラブあるから、失礼します!」
あたしは、いたたまれなくになって、その場から逃げだした。
あたしのドリームは、こうやって、今年もカムスルーしていった……。
※ 主な登場人物
鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
香里奈 部活の仲間
お父さん
お母さん
関根先輩 中学の先輩
美保先輩 田辺美保
馬場先輩 イケメンの美術部