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明神男坂のぼりたい  作者: 大橋むつお01
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76〔13日の金曜日〕

明神男坂のぼりたい


76〔13日の金曜日〕 


         



 ウ、ウンコふんでしまった!!


 これがケチのつき初めだった。


 いまどき東京でウンコ踏むってめったにないことだぜ。


 東京オリンピックが、まだ準備段階の頃に、緑色のよく似合う都知事が記者会見で「東京は清潔な街です」をアピールしていて、意地の悪い記者が「わたし、昨日ウンコ踏んじゃいました」と反論。


「おや、それはレアなケースですね」


 と返したら、記者席からは――そうだそうだ――という感じで笑い声があがった。


 今のあたしは、その記者の気分(-_-;)。道行く人たちが、その時笑った記者たちみたいに思える。


 ウンがついてケチが付く『明日香ウンケチ事件!』。バカなキャプションが頭に浮かぶ。


 ティッシュであらかた落としたけど、そこはかと臭いが残る。


 だけど、通学途中。家に帰って靴履き替える手もあったんだけど、先日の紫陽花アパートよりも学校寄りのところまで来ている。気持ちは迷いながら体が学校の方に向いていく。


 犬のウンコぐらい、あらかた拭き取ったし、歩いてるうちに無くなる……という考えは交差点の信号待ちで甘いことを実感した。


 信号待ちの人たちがあたしのこと見てる。


 やっぱりそこはかとなく臭ってるんだ(;'∀')。


 まるであたしがオモラシしたみたい。


 しかたないので、公園の水道で、靴の中濡らさないようにして洗って、ティッシュで拭く。嗅いでみる……やっぱり、そこはかとなく臭いが残ってる。で、もっかいチャレンジ。



「ウン踏んじゃった?」


 都知事を〇十年若くした感じのOLさんが声をかけてくれた。



「はい、とってもレアなことなんですけど」


「ほんとに、マナーの悪い人がいるものねえ」


 そう言って、OLさんは携帯用の臭いけしを靴にスプレーしてくれた。


 将来、この人が都知事に立候補したら、ぜったい一票入れるよ!


「じゃ、気をつけてね。今日は13日の金曜だし」


 警句を残して去り行くOLさんに深々と頭を下げる。


 13日の金曜日……改めてスマホをチェックすると、まごうことなき6月13日金曜の日付。


 あたしにはさつきってのが憑いてる。


 世間では滝夜叉姫で通っていて、丑の刻参りの発案者であったりする。神田明神の娘なんだから、せめてウン避けの御利益ぐらいあってもいいと思うんだけど、今では、ほとんどだんご屋のおねえちゃんで、頼りにならない。


 明神さまに『開ウン御守り』というのはあるけど『ウン避け御守り』は無いよなあ、あったら買うのに。


 バカなことを考えながら、次の交差点。



――あ、信号変わる!――



 そう思ったら体が出ていた。そこに気の早い車が走り出して急ブレーキ! その車と、その後ろの車がクラクション。一応ごめんなさいと片手で謝る……ぐらいで許してもらえるほど、13日の金曜日は甘くない。


「ちょっと、そこのTGHの生徒!」


 お腹の底から出てくるような声。道の向こうで怖い顔した女性警官のオネエチャン(なんで、こんな慌ててる時に二重表現!?)


「あなたねえ、高校生にもなったら信号ぐらいまもりなさいよ」


「はい」と、素直に言えないのが、あたしの欠点。枕詞が「だけど……」言ったしりから後悔。


「だけど、なんなの!」


 ダメだ、婦警(女性警官なんちゅうリズムのとれない言葉は直ぐには出てこない)さん怒らせてしまう。


「なんでもありません。急いでたから、ほんとに不注意でした。すんませんでした!」

「その素直さを、どうして、もう10秒早くもてないのかなあ。今のは、ほんと、大事故寸前だったよ。だいたいね……」


 と、5分ほど絞られて、やっと解放。


 ダメだ、チャイムが鳴ってる、遅刻指導にひっかかる。なんでかチャイムがチャラ~ンポラ~ン、チャランポラ~ンに聞こえる。猛烈なダッシュで校門をくぐる。運動会で、これだけのダッシュしてたら、ゴール前で無様にコケなくてすんだのに。


 あ、朝礼が始まる。ガンダムは遅刻にうるさい。教壇に立たされて絞られる!


 と、思ったら、ガンダムが来てなかった。



「あ~あ、損したなあ!」



 汗みずくだったので、タオルハンカチ出して顔拭きまくり、胸の第二ボタン外して脇の下まで拭く。


「どうしたん、明日香がこんな時間に来るなんて?」

「今日は、13日の金曜なの!」


 言った言葉が、そのままウンコから、婦警のネエチャンのことまで思い出させる。ゆかりの言葉に合わせて美枝が言う。


「ひどい顔してるよ」

「ほっといて、生まれつきですねん!」


 その時、腋の下からちょっと背中側に回った手が、ブラに引っかかって、ホックが外れてしまった。


 ウ…………


「どうしたの、急に静かになって?」

「ちょっと、緊急事態……」


 片手でゴソゴソやるけど、背中のホックには届かない。また、汗が流れてくる。そのとき麻友が後ろに回ってマジックみたいに、ホックを嵌めてくれた。


「え……?」

「ブラジルで、よく、この逆やって遊んでたの」


 麻友の意外な一面を発見。やっぱり麻友は、いろいろ奥行きのある子だと思った。



 とにかく、今日はついてない。



 宿題はやったのに持ってくるのん忘れてるし、家庭科の調理実習では塩と砂糖を間違えるし、トイレに行ったら、用事済んでからトイレットペーパーが無いのに気がつく。ポケットをまさぐったら、朝のウンコのせいで手持ちのティッシュも切れてた。


「クソー!」


 思わず唸ったら、ドアの上からトイレットペーパーの福音。


「これだろ、明日香」


 美枝の声。


「サンキュ……」


 とは言ったものの、個室の外で笑ってる気配。


 クソ~!


 放課後、宇賀先生を校長室の前で見かけた。ガンダムもいっしょだった。


 気配で分かった。


 宇賀先生は職場に戻りたいんだ。それを校長とガンダムの二人で思いとどまらせたんだ。あの怪我では、まだ無理なのは被ってる帽子見ても分かった。



 宇賀先生は、あたしよりずっと前から13日の金曜日なんだ……。

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