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明神男坂のぼりたい  作者: 大橋むつお01
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72〔今日は全国的に木曜日〕

明神男坂のぼりたい


72〔今日は全国的に木曜日〕 


        



 学校というものに十年通っている、あんまり感動したことはない。


 それが、今日はプチ感動してしまった。


「今日は、全国的に木曜日。それも今は5時間目の体育だ。人生を月曜から金曜の5日間に分けたら、この5時間目は何歳ぐらいになる?」


 五時間目の体育の授業の最初、わが担任で体育教師のガンダムが遠い目をして、そう聞いてきた。一瞬みんなが考えて新島君が答えた。


「おおよそ、60過ぎというところです」

「根拠は?」

「日本人の平均寿命は、約83歳です。それを5で割ると……16・6歳になります。それに4を掛けると……66・4歳になります。そこから残りの6時間目を引くと、だいたい60過ぎになります」


 オオオ


 新島君の暗算力に、ちょっとしたどよめきが起こった。


「よく計算した。しかし、新島の説明にケチをつけるわけじゃないが、朝のショート、授業の間と昼休みの休憩、放課後の時間入れると、ちょっと変わってくる」


「それは、誤差の範囲です……ちがいますか?」


 新島君が堂々の、いや、ちょっと遠慮気味の反論。


「数学的には、そうだけどな、人間は、この誤差の中にいろんなドラマがある。こうやって変則的に男女合同の体育してるのも、昼休みにグラウンドの用意していた宇賀先生が飛んできたカラーコーンが顔に当たって怪我したからだ」


 噂はたっていた。


 線引きでグラウンドのコースを引いてたら、昨夜からの強い風で、カラーコーンが飛んできて怪我したって。


 だけど、まさか顔だとは思わなかった。


 宇賀先生は学校では珍しい二十代のベッピン先生。


 学生時代は陸上で槍投げの名選手で、オリンピックの候補にもなりかけたけど、肩を痛めてオリンピックには行き損ねた。歳が近いこともあって、あたしらには、ちょっと眩しいけど憧れの存在だ。


「おまえらは、人生の……もう月曜日ではない。な、新島?」

「はい、火曜の……ショートホームルーム……は8時30分だから、必死で教室目指して走ってるところです」


 瞬間笑いが起こった。遅刻しすぎて早朝登校指導になってる子が何人かいたからね。


「そうだな、まだ授業も始まっていない。まだ新品の火・水・木が残っとる。月曜の失敗ぐらいは、いくらでも取り戻せる。セブンティーンいうのは、いい歳だ。そのセブンティーンを無駄にしないためにも、来週の懇談は、非常に大事なものになる。まだ懇談の日程が決まってないやつは、麗しい人生の火曜日にするために、しっかりお家の人と相談して報告しにこい。なあ鈴木以下三人」


 あ……忘れてた(;'∀')。


 うちは両親とも現役リタイアした人だから「いつでもいいよ」と言われて、それっきりになっていた。空いてる日にちと時間見て早く返事しとこう。


「今日は風が強いから、グラウンドは使用せん。最後にちょっとだけ体動かすが、それまで、もうちょっと話そう。おまえら残りの火・水・木、どう過ごすつもりだ?」


 みんなで、ひそひそ相談。で先生が聞いたら火曜の午前中は大学ということで、ほとんど意見が一致した。


「うん、まあいいだろ。だけど、大学なんてすぐにやって来るのは分かったな。そして、火曜の6時間目くらいには恋愛とか結婚とかしなくちゃならない。忙しくって、授業どころじゃない」


 みんなが一斉に笑った。


 あたしはチラッと美枝を見た。美枝は、もう6時間目を現実のものにしようとしている。麻友のオーラを感じた。これまで見たことのない怖い顔してる。アイドルみたいに明るくてかわいくって、頭のいい子だお思ってたけど、当たり前に考えても、ブラジルから日本にこなくちゃならなかったことには人に言えない事情があるんだろうし、数年後には国籍という、あたしらには思いもつかない選択を迫られる。


 ちなみに、新島君とは新新コンビと言われ始めてるけど、成績と頭の回転と苗字の頭だけで、カップルとして認知されてるわけではない。二人に共通な前向きさを指してのことだ。


「じゃあ、ラスト。体育館のフロアーを5周走る。4班に分ける。急がなくてもいい、人生感じながら走ってみろ」


 ランニングに人生を感じたのは初めてだった。自分で走って、人の走りを見て、みんな、それぞれ感慨深げだった。


 放課後になって、情報が入ってきた。宇賀先生の顔の傷は一生残るかもしれないって。で、怪我は生徒を庇ったからだったことを……。

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