64〔今日はうちで、お勉強会〕
明神男坂のぼりたい
64〔今日はうちで、お勉強会〕
テストも、あと二日。
で、今日は、うちの家でお勉強会することになった。
美枝と別れて家に帰った昨日のこと。
お風呂入って三階の自分の部屋に戻ったら、さつきが人形焼き食べている。
ちなみに、だんご屋に届けてある住所は御旅所の所番地なので、さつきは、相変わらずあたしの部屋に住んでいる。
「あ、なんで人形焼き?」
「勉強だよ、東京名物って言や、人形焼きと東京ばな奈。だんご屋としては勉強しとかないとな……そうだ、明日香も勉強会やれ!」
「え?」
「賑やかなのはいいことだ、今日は、美枝とだけだっただろ。ゆかりも混ぜてやれよ」
なんか、こじつけの三段論法なんだけど、ゆかりを交えて集まるというのは必要なのかもしれない。
美枝とはホッコリできたけど、ゆかりと美枝は微妙になりかけてるしね。
「そうそう、東京名物と言えば、人形焼きと東京ばな奈と明神だんごだからな。おまえらも三人でワンセットだ」
ちょっと強引だけど、言ってることは正しい。
「バカな明日香のために、頼むよ!」
電話したら、二人とも、あっさりOK。
安心して、さつきの人形焼きに手を伸ばした。
「あれ?」
まるで手応えが無くって、空気を掴んでしまった。
「神さまの食べ物だぞ。人間が掴めるわけがないだろ」
「エアー人形焼き?」
「怒るな、空気を掴むというのは大事なことだという教えでもある」
「真顔で人をおちょくるなあヽ(`Д´)ノ!」
「うわー、いい部屋じゃんか!?」
ゆかりが声をあげた。
「こんなオモチャ箱みたいな部屋好き!」
美枝も賛同。
今日は一階のお父さんの部屋を借りた。
三階の部屋は両親の寝室と襖一枚で隣り合わせ。当然襖締めなくちゃならないんだけど、この季節、三階は冷房が必要。それに、なにより部屋の片づけもしなくちゃならない。で、お父さんに頼んだら二つ返事でOK。お父さんは久々に渋谷まで出て映画でも観るらしい。
とりあえず、二人が持ってきたお土産の今川焼きを食べた。
「ここ、お父さんの部屋?」
「うん。それぞれの部屋で住み分けてんの」
「ふうん……まあ、勉強には適してるね。窓ないし、玄関ホール挟んでるから外の音も聞こえてこないし」
「ここは、元ガレージ。あたしが赤ちゃんのころにジジババ引き取ること考えて二世帯住宅にしたんだ。お父さんは、ずっと二階のリビングで仕事してたけど、ジジババ亡くなってからは、お父さんの仕事場」
今日は、真ん中の座卓の上のもの、みんな部屋の隅に片してくれてる。
「わあ、いいもの置いたあるじゃんか!」
ゆかりが置き床に置いてある『こち亀』の亀有公園前派出所のプラモに気がついた。
「これ、お父さんが作ったの?」
「あ、あたし、子どもの頃『こち亀』好きだったから、だけど、中学いくころには興味なくなったから、未完成のままになってんの」
「うわ、入り口動く。パトチャリまで置いてある。きれいに色塗ってるねえ……」
「あ、これヘンロンのラジコン戦車! お兄ちゃんも一個もってる」
あたしは、当たり前すぎて気がつかなかった。おとうさんのガラクタ収集癖は昔から、隣の部屋はお父さんの物置。その部屋を通らないと二階へは上がれないから、二人は、まだ見ていない。それを言うと美枝が目を輝かせて「見せて!」と言う。
「うわー、まるでハウルの部屋みたい!」
「ハウル?」
「ジブリの『ハウルの動く城』じゃんか。あのハウルの部屋みたい」
あたしもお母さんも、いつも、この部屋はスルーしてるから、改めて見るとゴミの中にもいろいろあるのが分かる。
百ほどあるプラモの中には、実物大の標本の人間の首。それもスケルトン。これが何でか南北戦争の南軍の帽子被ってる。
美枝が発見した棚の上には、1/16の戦車がずらり、あと航空母艦やら戦艦大和やらニッサンの自動車、飛行機、その他エトセトラ。で、周りの本箱には1000冊ほどの本がズラリ。あたしが小学校のとき借りて読んでた『ブラックジャック』と『サザエさん』は全巻並んでる。
「すごい、これ、リアル鉄砲!?」
「うん、本物らしいよ。無可動実銃いうらしいんだけど、キショクワルイから、隅のほうに置いてあるの……それは宮本武蔵の刀のレプリカ……その黒い箱はヨロイが入ってる。あ、足許気ぃつけてね。工具とかホッタラカシだから怪我するよ」
「「スゴイスゴイ!」」
二人で、同じ言葉を連発する。
「まあ、ちょっとは勉強しよっか(^_^;)」
きりがないんで、切り上げを宣告。元の部屋に戻ると、また発見された。
「いやあ、なに、このリアルに可愛らしいのは?」
それは仏壇の横で小さく体育座りしていて気がつかなかった。
「あたし、知ってる。1/6のコレクタードール。これ、ボディがシームレスで、33カ所も関節あって人間みたいにポーズとれるんだよ」
物知りのゆかりが、目を輝かせる。
その子は制服らしき物を着て、知的で、心なし寂しげだけど。見ようによっては和ませてくれる……だけど、あたしは恥ずかしかった。仮にも妻子持ちのいい年したオッサンがこんなもんを!?
「アハハ、ガールズ&パンツアーだ!」
美枝が玄関ホールで声をあげた。
「この段ボール、1/6の戦車模型のキットだよ。お父さん、これに、その子乗せるつもりなんじゃない?」
ああ、もう顔から火が出そう……。
「いや、うちのお父さんは本書きで、その……ラノベとか書いてるから、その資料いうか、雰囲気作りに……」
「明日香……お父さんの作品て読んだことあるの?」
「え?」
美枝の指摘は、スナイパーの狙撃にあった間抜けな女性情報諜報員のようだった。
あたしは、生まれてこの方、お父さんの本を読んだことがない。極たまに、作品を書くために、あたしら世代の生活のことなんか聞いてくる。分かってる範囲で答えるけど、たいがい「分からないよ」「そんなの人によってちがう」とか顔も見ずに邪魔くさそうに返事するだけ。
「ここは、ほんとにハウルの部屋だよ……」
「隣の部屋は、もっと……」
もう、たいがい死んでるのに、まだ撃ってこられるのはまいった。
「よかったら、これ読んでやってくれる。お父さんの本」
あたしは、クローゼットから、お父さんの本を取り出した。
「うわー、こんなにある!」
「あ、印税代わりに出版社から送ってきた本。お父さん印税とれるほど売れてないし。まあオッサンの生き甲斐。あんたたちみたいな現役の高校生に読んでもらったら、お父さんも喜ぶ」
「ありがとう」と、ゆかり。
「だけど、まずは娘のあんたが読んだげなくっちゃ……」美枝が止めを刺す。
で、午前中は、お父さんの本の読書会になった。
「お父さんて、三つ下の妹さんがいたんだね……」
短編集を読んでいたゆかりが顔を上げる。
「この子三カ月で堕ろされたんだ……」
美枝がシンミリする。
初耳だった……いや、言ってたのかもしれないけど、あたしはいいかげんに聞いてただけかもしれない。
痛かったけど、別方向に有意義な勉強会だった……。
※ 主な登場人物
鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
香里奈 部活の仲間
お父さん
お母さん 今日子
関根先輩 中学の先輩
美保先輩 田辺美保
馬場先輩 イケメンの美術部
佐渡くん 不登校ぎみの同級生
巫女さん
だんご屋のおばちゃん
さつき 将門の娘 滝夜叉姫
明菜 中学時代の友だち 千代田高校
美枝 二年生からのクラスメート
ゆかり 二年生からのクラスメート




