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明神男坂のぼりたい  作者: 大橋むつお01
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62〔美枝が休み……!?〕

明神男坂のぼりたい


62〔美枝が休み……!?〕 


       



「……よしなよ……明日からテストだし」


 ゆかりは言った。


 だけど、やっぱり行くことにした。どこへ……美枝の家へ。



 今日は、めずらしいことに美枝が学校休んでいた。普通の子だったら気にしない。だけど、美枝は違う。

 美枝は、高校に入ってから休んだことがない。中学も忌引きが一回あっただけだって、ゆかりも言ってた。


 それに、美枝にはラブホで聞いた秘密がある……。


 美枝の家は神保町にある。



―― 今からいくぞ ――

―― うん、どうぞ ――



 なんとも、そっけないメールのやりとりして神保町に向かった。ゆかりに声かけたら「やめときなよ」の返事が返ってきた。


 ゆかりは、あたしよりも、ずっと美枝とは付き合いが長い。そのゆかりが「やめときなよ」というのは重みがある「……テストだし」いうのは付け足しの言い訳に聞こえた。それに、付き合いが長いから、短い人間より親身になれるとも限らない。


 学校からは、駅一つ分距離があるけど、あたしは歩いていくことにした。


 明神だんごをお土産にしたかったけど、ちょっと遠回りなんで、途中のコンビニでプレミアムチーズロールケーキをお土産ともお見舞いともつかない気持ちで買う。


 くそ。


 レジに持っていったらタッチの差で、大学生くらいのニイチャンに先を越された。割り込むって感じじゃなかったんだけど、レジに置かれたのがコンドーさんだったんで、たじろいでしまった。ニイチャンはさっさと精算すると、柑橘系の……多分オーデコロンの残り香を残していってしまった。柑橘系は好きだけど、今のニイチャンは、醸し出す雰囲気が好きくなかった。


 美枝のうちは、八階建てのマンションの八階。


 オートロックのインタホン押して呼びかけると、美枝の明るい声で「入っといで」の応え。


 エレベーターで八階に上がり、ドアのピンポンを押すと同時に美枝がヒマワリみたいなに顔を出したんで、ちょっと拍子抜け。


 リビングに通されるまでの廊下を歩いて、4LDK以上の、ちょっとセレブなマンションだということが分かった。ファブリーズかなんかが効いてるんだろ、無機質なくらいニオイがしなかった。


「どうしたのよ、今日は?」

「今日はテストの前日やから、どうせ自習ばっかでしょ。それに昼までだし」

「え、じゃあ、勉強ばっかりしてたの?」


 お土産のプレミアムチーズロールケーキを広げながら聞いた。美枝は要領よく紅茶を用意してくれてて、すぐにティーポットにお湯を注ぎにいった。


「あたしね、二年で評定4以上にしときたいんだ。4あったら特別推薦選びほうだでしょ。明日は、成績に差のつきやすい数学あるじゃんか、あたし、これで点数稼ぐんだ」

「いいなあ。あたしは数学苦手だから、欠点でなきゃいい」

「ココロザシ低いなあ」


 美枝は小気味よくプレミアムチーズロールケーキをフォークで両断すると、トトロみたいな口を開けてパクついた。瓜実顔のベッピンが、そういう下卑た食べ方すると、なんとも愛嬌に見える。こんなことが自然にできる美枝が、ちょっと羨ましいかも。


「そんなんだったら、三年でキリギリスになってしまうよ」

「バカが一夜漬けしてもたかが知れてるしなあ」

「そだ、明日の予想問題見せたげよか!」

「え、そんなん作ってるのん!?」

「ちょっと待ってて!」


 美枝は自分の部屋にいくと、ゴソゴソしだした。


 で……ガラガラガッチャーンと美枝の悲鳴!


 痛ってえ……!


「ちょっと大丈夫!?」


 思わず美枝の部屋に駆け込んだ。美枝の部屋は美枝の雰囲気からは想像がつかないくらい散らかっていた。


「見かけによらん散らかりようだねえ」


 あたしも遠慮がなくなってきた。


「アハハ、こんなもんよ。あたしは外面女だからね。はい、これ」



 渡してくれたプリントもらって気がついた。



「柑橘系の匂い……」

「え……?」



 美枝の顔が、ちょっと歪んだ。


 コンビニで会ったニイチャンの話をした。まあ、偶然の一致と笑いたかったんだ。


 ええ! いまどきオーデコロン!? とか言って『妖怪コロン男!』とかね。


「そう、コンドー買ってたの……」


 美枝の表情がみるみる嵐の気配になってきた。


 で、びっくりした!


 ひっくり返ったゴミ箱から、未使用のまま鋏で切り刻まれたコンドーさんが一握り分ほど出てた。


「好きなんだったら、こんなもの使わないでって、ケンカになって……」


 そう言うと、目から涙がこぼれたかと思うと、机の上のものを全部払い落として、美枝は突っ伏して号泣しだした。



 もう、秘密にできないね。



 あのときラブホで聞いた美枝の秘密は、お兄ちゃんとの関係。


 美枝はお兄ちゃんとは血のつながりはない。再婚同士の連れ子同士。戸籍上だけの兄妹。


 親は共稼ぎで、家に居ることが少ない。で、いつのまにか、そういう関係になってしまった。


 ゆかりの「よしなよ」が蘇ってきた。ゆかりが正しかったんかもしれない。


 だけど、あたしは、ここまで見てしまった。


 放ってはおけない……けど、どうしよう。






※ 主な登場人物


 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生

 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問

 香里奈          部活の仲間

 お父さん

 お母さん         今日子

 関根先輩         中学の先輩

 美保先輩         田辺美保

 馬場先輩         イケメンの美術部

 佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 巫女さん

 だんご屋のおばちゃん

 さつき          将門の娘 滝夜叉姫

 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 美枝           二年生からのクラスメート

 ゆかり          二年生からのクラスメート

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