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明神男坂のぼりたい  作者: 大橋むつお01
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49〔ちょっとシビア〕

明神男坂のぼりたい


49〔ちょっとシビア〕 


     


「おーい、明日香の学校、校長クビになったぞ!」


 お父さんのシビアな声で目が覚めた。


 パジャマ代わりのジャージで二階に下りると、お父さんが新聞を広げている。



「この校長さん、たいがいだなあ……」


―― またも民間人校長の不祥事! ――


 見出しが三面で踊っていた。



 読んでみると、人事差別と人事権の恣意的な乱用。事故死した生徒・保護者への心ない対応。

 そんな副題のあとに、実名は伏せながら、関係者が読んだら、事細かに分かるようなことが書いてあった。


 再任用教諭の理由無き任用停止。元教諭、校長を提訴。


 あ、これは光元先生のことだ。


 始業式で、光元先生は一身上の都合で退職したと聞いた。



 光元先生は、TGH高校の前身都立瓦町高校の時代からの先生。学校の生き字引みたいな先生で、卒業生やら保護者からの信任の厚い先生だった。佐渡君が亡くなったときも校長室で、なにか話してる様子だったけど、中身までは分からなかった。



 新聞には「校長先生は、うちの子が亡くなったことを真剣に受け止めてもらえなかった」と、母親の言葉が書いてあった。


 佐渡君は交通事故で、あたしが救急車の中で見守ってるうちに死んでしまった。純然たる事故死。


 佐渡君は遺書を残していた。


 交通事故で遺書いうのは、なんか変……読み進んでいくと分かった。


 佐渡君は、生きる気力を無くしていた。で、なにが原因かは分からないけど死を予感して、遺書めいたものを書いていたらしい。

 お母さんは、それを生徒に公開して欲しいと頼んだらしいけど。校長は断った。で、全校集会で、ありきたりの「命の大切さ」「交通事故には気を付けよう」で、お茶を濁したのは記憶にも新しい。


 で、肝心の遺書は、新聞にも載っていなかった。教育委員会も内容を精査した上で、公開を検討……あほくさ。個人名が書いてあったら、そこ伏せて公表したらいいだけのこと。


 それから、佐渡君が死んで間もない日に、音楽鑑賞でオーケストラの演奏を聞きにいくはずだったのが、急に取りやめになった。「生徒が命を落として間もない日に、かかる行事はいかがなものかと思った」と校長は言ってるらしい。



 お母さんは、あとになって、そのことを知った。



「あの子は音楽の好きな子でした。実施されていたら、遺影を持って、わたしが参加するところでした。なんで、相談してもらえなかったんでしょう」


 こんなことは、何にも知らなかった。火葬場で会った佐渡君の幻も、そういうことは言わなかった。佐渡君は気の優しい子だから、たとえ校長先生でも、人が傷つくことは言いたくなかったんだろうと思った。


 で、光元先生は再任用の先生で、契約は一年。



「だけど、65歳までは現場に置いておくのが常識だ」



 お父さんは、そう言う。


 新聞には3月29日の最終発表で「次年度の採用はありません」と言われたらしい。



 29日って、どこの学校でも人事は決まってしまって、TGHで再任用されなかったら、事実上のクビといっしょなのは、あたしの頭でも分かる。


 校内でも、恣意的な人事が……ここを読んでピンときた。


 ガンダムが急に生活指導部長降りて、うちらの担任になったこと。


「ガンダム先生って、どこの分掌?」



 お父さんが聞いてきた。



「どこって、平の生指の先生」

「担任しながら生指か、そらムチャだ」

「なんで?」

「担任だったら大目に見られることでも、生指だったら見逃せないことがいっぱいある。まして、前の生指部長だろ。ダブルスタンダードでしんどいだろうなあ」



 お父さんは、ため息をついて新聞をたたんだ。


 気がついたら、お父さんと頭くっつけるみたいにして新聞読んでいた。


 お父さんと30センチ以内に近寄ったのは、保育所以来。ちょっと気恥ずかしいような、落ち着かないような気持ちになった。


 校長先生は、教育研究センターいうところに転勤いうことになっていたけど、これは事実上の退職勧告だろうなと思った。


 こんなことが自分の学校でおこるなんて、ちょっと意外。


 それと、佐渡君のお母さんが佐渡君のこと思っていたのも意外。


 切ないなあ……。



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