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明神男坂のぼりたい  作者: 大橋むつお01
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46〔天ぷら〕

明神男坂のぼりたい


46〔天ぷら〕 


       



 気がついたら電話していた。


 誰にって……関根先輩に。


「明日、10時に外堀通りのテラスに来て……訳は、来れば分かります」


 この言葉も、あたしの意志とは無関係に出てきた。


『無関係ではない。明日香の心の底にあるものをちょっと後押ししただけだ』


 と、さつきは心の中でニヤニヤしている。我ながら、変なものをを住まわせたものだ。


 リビングで『天晴れレストラン』見ていたら、石神井朝市の野菜を使った料理をやっていた。


『おお、あれはなんというのじゃ? あの油の中でパチパチいってるのは?』


「天ぷらだよ」


『てんぷら? 妙な名前の料理だな……どんな味がする!?』


「えと……江戸前の天ぷらだから、これは、石神井の朝市の野菜が中心だけど、白キス、穴子、車海老とかに小麦粉を溶いたのを付けて、180度くらいのごま油で揚げて……ほら、あんな風に、天つゆに漬けて食べるのよ」


『なるほどぉ……』


 姿は見えないけど、目を輝かせて、ヨダレを垂らしそうになっているさつきの顔が浮かぶ。


 気が強くてイッちゃった感じ(なんたって元祖丑の刻参り)の女の子なんで、ちょっと意外。


 石神井の朝市は、しゃくじいにも連れて行ってもらったことがある。


 それこそ、天ぷらとかも作ってくれた(野菜天が多かったけど)。しゃくじいは男のくせに料理が上手かった……すき焼き……おでん……手巻き寿司……ギョウザも皮から作って……そうだ、しゃくじいは、家族みんなが食卓囲んで作るところから楽しめる料理が好きだった。


『いいお祖父ちゃんだったようだな』


「ちょ、勝手に心を覗かないでよ(;'∀')」


『覗くまでもない、明日香の心は、あれこれダダ洩れだぞ』


「え、そうなの?」


『明日香は素直な女子おなごだ』


「え、あ、そかな……」


『ああ、料理を作っている時に見せる笑顔が、しゃくじいは好きだったみたいだぞ』


「あ、うん、しゃくじい好きだった」


『なあ、天ぷら食べたいぞ』


「もう晩ご飯食べたから、今度!」


『じゃあ、明日にしろ。その代わり、明日香の悩みは解決してやる』


「え、それは……」


『遠慮するな、これでも恩に着ているのだぞ』


「あ、それは、どうも(^_^;)」


 嫌な予感を抱えながら、うちは自分の部屋に戻った。



 さつきとは、簡単な協定を結んだ。



 お風呂とトイレ入るときはあたしの中から抜け出すこと(ウォシュレットで嬌声をあげたので、風呂だけじゃなくって、トイレまで付いてきてることが分かった。家族への説明に困ったよ) 


 ことわり無く、あたしの人生に関わるような大事なことには関わらないこと。


 しかし、さっきの電話の件でも危ないものなんだけどね。


 

 さつきが住み着くようになってから、昔の戦の夢をよく見る。


 たいてい少人数の家来を連れて奇襲攻撃する夢、さつきはすばしっこくって、将門軍の遊撃部隊長という感じ。


 山肌を駆け上ってくる国府軍にグラグラに煮えたウンコ混じりのオシッコを柄杓で撒く(女の子がやることか!?)とか。わら人形にヨロイを着せて、敵に矢を撃たせて、不足気味な矢を敵からいただいたり。意表を突く戦法みたいだけど、これは『三国志』の中の赤壁の戦いで、諸葛孔明がとった戦法の応用だということが分かった。


 ガラの悪さに似合わず勉強家だということも分かった。


 あれだけ言ったのに、すぐお風呂やトイレに付いてくる。まあ、女子同士だからいいけども。


 そのくせ、部屋に居るときは、どうかすると何時間も本の中に居たりする。


 どうかすると、本を読みながら泣いている気配もする。


 

 あ、それからね、明神さまに挨拶するときは居る気配が無い。


「ねえ、自分の親なのに挨拶もしないの!?」


『もう、千年もいっしょなんだから、いい』


 やっぱ、ちょっちひねくれ者?


「ひ、ひねくれ者言うな!」


 巫女さんが、びっくりしてこっちを見てる。


「アハハ、夕べ見た夢思い出しちゃって」


「うちはやってないけど、神社の中には夢違ゆめたがえって、悪い夢払ってくれるところもあるから……」


「アハハ、大丈夫です(^_^;)」


 あたしの口を借りて叫んだりしないでよね。


『すまん、ついな』


 どうやら、さつきにとって、父親は、ちょっと煙たい存在のようだ。


 

 で、日が改まって、日曜日。


 昨日の雨を引きずったような曇り空。テラスで関根先輩に会った。




「花見には、ちょっと残念な空模様だな」


「これくらいがいいんです。人も多くないし。ゆっくり語り合うのにはピッタリです」


 ここまでは、あたしの意志。あとはさつきが、あたしの口から勝手に喋ったこと。


「……今日の明日香は、まっすぐオレのこと見るんだなあ」

「だって、先輩のこと好きだから。うん、大好き」

「よ、よせ、こんなところで、人が見てる」


 確かにテラスは二人だけじゃなくて、お年寄りが三人居。めちゃくちゃきまりが悪い。


「美保先輩には負けないから。あたしのハジメテをあげるのは先輩だと決めてます。だから、先輩も……いや、学君も言ってほしい、本当の気持ちを!」


「お、おい。明日香ぁ、人の目があ(#'∀'#)」


 先輩は、大きなヒソヒソ声。三人の年寄りはニヤニヤと成り行きを見ている。


「人の目があっても、好きは好き。これくらいに!」


 ペチョ


 あたしは、先輩に胸を押しつけて抱きついた。


「あ、明日香……!」

「答え聞くまで、離れない!」

「お、オレも明日香のことは……」

「好き!?」

「あ、ああ……」


「よっしゃ、今日は、ここまででいいわ! じゃ、ちょっと御茶ノ水まで歩きましょうか」



 先輩にベッチャリひっついて東の方、川沿いを歩いた。


 先輩の当惑と、あたしへの好意が重なって感じられた。御茶ノ水へは10分ほどで着いた。


「じゃあ、新学期になってもよろしく!」


「あ、ああ」


 聖橋に着いたら、あっさりと先輩と別れた。




『色恋は、戦と同じ』


 あ、でもね。


『駆け引きが大事。今日は、ここであっさり引いて、あいつの中に明日香を温もりの記憶として染みこませる』


 それはいいけど……。


『なんじゃ?』


「天ぷらは、しばらくおあずけ!」


『え、それはないだろ! わたしも、天ぷらの恩義に感じてだなア』


 大鳥居から随神門を潜った時には、さつきの気配が無い。


 明神様にお辞儀して回れ右……すると、大公孫樹おおいちょうに隠れるようにしていた。


「なんで、そんなとこに……」


 追いかけると、スルスルと男坂の石段を下りて家に入ってしまった。


 

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