35〔なんで付いていかなきゃならないの?〕
明神男坂のぼりたい
35〔なんで付いていかなきゃならないの?〕
なんで付いていかなきゃならないの?
思わず聞き返した。
明菜が、離婚旅行に付いてこいと言ってきたから。
明菜のいいところは、人との距離が近くて、接し方が前向きなこと。
たいていの人なら1メートルは開ける距離が50センチ、話に身が入ると、それさえ超えてくることがある。
それが、モテカワ美人の笑顔だよ。参ってしまう。
普通メールで済ますことでも、ちゃんと電話してくる。でも、長話することはなく、要点を述べると『じゃあ、失礼します』とか親しい仲でも礼儀正しい。
でもね、それが人によっては煩わしく感じるかもしれないとは思った。
なんだか、ドラマの中の演技に付き合わされてるみたいな圧と窮屈さ。
そう思われてしまうと、逆に明菜の方から距離を取ってしまう。そうなると、セレブのモテカワ美人であることが裏目に出て『お高く止まってる』的に見られて、人が離れていく。
実は、不器用な子なんだと、久々に会って思うよ。
自分のパターンが通じなくなると、どうしていいか分からなくなるんだ。
それが、おそらくだけど、家族に対してもそうだったんじゃないかって、テラスに並んで腰かけて思ったよ。
そして、結局は、いっしょに付いていくことになった。あたしも変わり者ではあるよ。
まあ、アゴアシドヤ代持ってくれるって言うんだから、離婚旅行の付き添いいうことを除けばいい話。
目的地はハワイ……とまではいかないけど、箱根温泉。
明菜のお父さんのセダン……左ハンドルだから外車だというのは分かるけど、メーカーまでは分からない。革張りのシートにサンルーフ。後部座席には専用のモニターテレビに、バーセットまで付いてる。なんでか、うちの日常では見慣れたリアワイパーは付いてなかった。
「ああ、リアワイパーが無いのが不思議なんだね?」
お父さんが、うちの不思議を見破って、バリトンのいい声で聞いてくれる。バックミラーに映る斜め横のお顔が爽やか。
「なんで付いてないんですか?」
かわいく素直に聞いておく。
「国産のワンボックスなんかだと、車のお尻とリアウィンドウが近くて、泥が付きやすいんでね。セダンはお尻が長いから付いてなんだ」
「そうなんですか」
感心していたら、前を走ってる日産のセダンには付いてた。
「フフ、分かり易いけど、知ったかぶりでしょ」
お母さんが、鼻先であしらう。
「僕のは一般論だよ。むろん例外はある。日本人にとっては、バックブザーと同じく親切というか行き届いていることのシンボルなんだね。ま、民族性といってもいい」
お父さんは、構わずに話をまとめた。
「前の車、邪魔ね。80制限の道を80で走るなんて、ばかげてる」
サービスエリアで、休憩したあと、運転をお母さんが替わって、第一声が、これだった。
「始末するか……」
ゴミを片づけるような調子で、お母さんが呟くと、ウィーンと機械音がした。明菜もなんだろうって顔をしている。
地獄へ堕ちろお! ドドドドドドドド!
スパイ映画の主人公みたいなことを言うと、いきなり機関銃の発射音と、衝撃、そしてスモークが車内に満ちた。
で、前を走っていた車は……あたふたと道を譲った。
あたしは、思わず明神さまのお守りを握りしめてしまった。
「おまえ、おれの車いじったのか?」
「離婚記念にね。大丈夫、映画用のエフェクトだから弾は出ないわ。ここ押すとね、車内だけのエフェクトになって、外には聞こえないの」
「今は、押さなかっただろ?」
「今のは若いニイチャン二人だったから、ちょっとイタズラ。まちがってもヤクザさんの車相手にやっちゃいけません」
「こういうバカっぽいとこ、好きだな」
「こんなことで、離婚考え直そうなんて、無しよ」
「それと、これとは別」
「だったら、結構」
「おかげで、時間通りに着けそうだな」
お父さんは時間を気にしているようだった……。
※ 主な登場人物
鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
香里奈 部活の仲間
お父さん
お母さん 今日子
関根先輩 中学の先輩
美保先輩 田辺美保
馬場先輩 イケメンの美術部
佐渡くん 不登校ぎみの同級生
巫女さん
だんご屋のおばちゃん
明菜 中学時代の友だち 千代田高校




