32〔魂が抜けるような開放感〕
明神男坂のぼりたい
32〔魂が抜けるような開放感〕
試験が終わった!!
なんという開放感!
最後の数学の終了を告げる鐘が鳴ったとき、クラスが、いや学校中が魂が抜けるような開放感に満ちた。
教室のあちこちで、溜息や歓声。中には、三日ぶりぐらいに便秘が治って、ドバっと出たときの感触とか的確な、でも品のない例えを言ってる女子。さっそくスマホを出してスクロールしている男子。監督の先生もニコニコと肩を回しながら出ていく。
いや、一週間ぶり! 十日ぶり! いや、難産で子どもを産んだあと!
開放感の例えが過激になってきている(^_^;)
せめてパリの解放とか『三丁目の夕日』で観た東京オリンピックの開会式の抜けるような青い空……ぐらいにしてよ。
ま、瞬間思った『魂が抜けるような開放感』が、我ながら秀逸。
とにかく、あとは二十日の終業式に来たら、四月の八日まで、学校に来なくてもいいし、宿題もなし。
完全無欠の「お・や・す・み!」
クラブも辞めたし、なんの義理もないけど、直ぐに帰るのも惜しい。
で、図書室に行ってみた。
ざっと新刊本の背中を眺める。去年の十二月に入った本が、まだ新刊に並んでいる。
予算のせいもあるんだろうけど、なんか興ざめ。
あたしは、一つだけ確認しときたい本があった。
アンネの日記
関東地方の図書館で『アンネの日記』を破る悪戯が続いて、国際問題にまでなりかけているってテレビで言ってた。バカな生徒が真似して、破っているかも知れない。
文学書の棚に行って、たった一冊だけ有る『アンネの日記』を手に取る。
大丈夫、まっさら同然。
あたしは、そのまま『アンネ』を借りてしまった。安全を確認したら、そのまま書架に戻すつもりだったんだけど、発作的に借りてしまった。
まあ、いいわ。もう二回も読んだ本だけど、高校生になってからは読んでない。
そう言えば、アンネは十五歳で死んでしまった。
時分は十六だけど、まだ死ぬつもりも予定もない。ささやかだけど、あたしなりにアンネを守ってあげる。
パソコンのコーナーに行ってみる。これには特に目的はない。習慣で東京都高等学校演劇連盟を引いてみる。第七地区のO高校の演劇部のブログが目に止まる。クラブでブログを持つことはいいことだと思う。
しかし、うちの演劇部はブログどころか、クラブそのものが実質がない。美咲さんに、もうちょっとやる気があったらなあ……と、思う。
O高校のブログは、一見充実してるように見えた。
きれいだし、アクセスカウントもできるようになってて、あたしが53465番目。いつから始めたのか分からないけど、大したものだ。
でも、中味がショボイ。公演やら、クラブやって楽しかったことばっかり書いてある。演劇部だったら、もっと芝居のこと書けよなあ……本読んでる形跡もない。閉じよう思たら、審査のことが書いてあるのが目に入った。
――よその地区では審査をめぐって混乱があったところもあるらしい。確かに、なんでと思うようなことも無いではない。しかし、コンクールを競技会のように捉えるのはどうだろう。勉強の場ととらえれば、もっと見えてくるものがあると思う……審査基準を作れという話もあるらしい。そんなことをやったら、審査基準狙いの芝居が増えるだけだろう……――
おいおい……。
地区の高校演劇は、創作劇を奨励しすぎて、創作率が90%を超えている。すでに、審査受け狙いは始まってるんだよ。審査基準がないから浦島太郎みたいな審査員が出てきて、期せずして、地区総会で演説するハメになってしまった。
よその地区で混乱……あたしのことか?
―― 審査員は連盟が選んだのだから、立派な人たちで、キチンと審査をされているのに違いない ――
「バカか!」
思わず声が出てしまった。
そのとき後ろで気配がした。振り向くと……なんと自分が笑っていた。
「あ、あなた……?」
「鈴木明日香」
「……明日香はあたし」
「まだ気づかない? あ・た・し……馬場先輩の明日香よ」
「え……!?」
あの絵から抜け出してきた……。
「怪しまれないように、ポニーテールじゃなくてロングにしてきたから。ま、ときどきしか出てこないから安心して」
そう言うと、馬場明日香は図書館から出て行った……ドアも開けずに。司書のオバチャンがびっくりしてる。
外堀通りを通って帰る途中、また馬場明日香が現れた。
「あんたね、司書のおばさん、びっくりしてたよ。部屋出るときは、ちゃんとドア開けなくっちゃ」
「まだ、慣れないもんで。アハハ」
なんだか、春休みはけったいなことになりそうよ……。
※ 主な登場人物
鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
香里奈 部活の仲間
お父さん
お母さん 今日子
関根先輩 中学の先輩
美保先輩 田辺美保
馬場先輩 イケメンの美術部
佐渡くん 不登校ぎみの同級生
巫女さん
だんご屋のおばちゃん




