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明神男坂のぼりたい  作者: 大橋むつお01
28/109

28〔そんなことないです!〕

明神男坂のぼりたい


28〔そんなことないです!〕 


       



「そんなことないです!」



 思わず言ってしまった。


 国語の時間、中山先生が思わないことを言った。


「鈴木さん……あなた白木華に似てるね!」


 クラスのみんなが振り返った。中には「白木華て、だれ?」言う子もいたけど、たいがいの子は知ってる。

 金熊賞を取って大河ドラマとか出てる新進気鋭の女優さん。『埴生の宿』に初主演して賞を取った。


 中山先生は、さっそく、その映画を観てきたらしい。授業の話が途中から映画の話に脱線して……脱線しても、この先生の話はショ-モナイ。


 だいたい日本の先生は、教職課程の中にディベートやらプレゼンテーションの単位がない。つまり、人に話や思いを伝えるテクニック無しで教師になってる。なにも中山先生だけがショーモナイわけではない。



 あたしは、授業中は板書の要点だけ書いたら、虚空を見つめていることが多い。


 それが時に控えめな日本女性という白木さんと同じ属性で見られてしまう。


 中山先生は、その一点だけに共通点を見いだして、映画観た感動のまま、あたしのことを言っただけ。


 目立たないことをモットーにしてるあたしには、ちょっと迷惑なフリだ。


「そう言えば、明日香ちゃんて、演劇部だよ」


 加奈子がいらんことを言う。


「ほんと!? 演劇部って言ったら、毎年本選に出てる実力クラブじゃんか!」


「去年は落ちました……」


 こないだの地区総会のことが頭をよぎる。あれがあたしの本性だ。


「だけど、評判は評判。鈴木さんもがんばってね」


 で、終わりかと思ったら……。


「そうだ、ひとつ、その演劇部の実力で読んでもらおうか。167ページ、読んでみて」


「は、はい……隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃たのむところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔よしとしなかった……」

 

 よりにもよって『山月記』だ。


 自意識過剰な主人公が、その才能と境遇のギャップから、虎になってしまうという、青年期のプライドの高さと、脆さを書いた中島敦の短編。


 あたしは、読めと言われたらヘタクソには読めない。まして、クラスで教科書読まされるのは初めて。で、白木華の話題を振られたら、やっぱ意識してしまう。


 お~~


 溜息のような歓声がおこる。


「やっぱ、上手いもんじゃないの。TGH高校の白木華よね!」


 パチパチパチパチ


 クラスのバカが調子に乗って拍手する。


 ガチでめんどくさい!



「明日香、やっぱりあんたは演劇部の申し子だよ」



 授業が終わって廊下に出ると、東風先生に会うなり言われてしまう。


 しまった、先生は隣のクラスで授業してたんだ。


「一昨日の地区総会のことも聞いたよ。大演説やったんだね。アハハ、先々楽しみにしてるよ」



 トイレに行って鏡を見る。



 なんだか、知らない自分が映っていた。


 あたしは、女の子の割には鏡を見ない。


 家出るとき、たまに髪の毛の具合をチラ見するぐらい。


 こんな顔した明日香を見るのは初めて……ということは、自分でもちがう自分しか見せてなかったいうこと……。


 ちがう!


 プ


 我が孤高の叫びに個室の先住者、先刻の明日香の朗読のごとき明晰な屁を放った。


 …………………


 聞かなかったことにしてトイレを出る。


 しかし、なぜに感想が山月記風?


 鈴木明日香というのは、つくづく影響されやすい女だ……(-_-;)。





※ 主な登場人物


 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生

 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問

 香里奈          部活の仲間

 お父さん

 お母さん         今日子

 関根先輩         中学の先輩

 美保先輩         田辺美保

 馬場先輩         イケメンの美術部

 佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 巫女さん

 だんご屋のおばちゃん


 


 

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