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明神男坂のぼりたい  作者: 大橋むつお01
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25〔心に積もりそうな雪〕

明神男坂のぼりたい


25〔心に積もりそうな雪〕  



       


 生まれて初めて学校をズル休みした。


 ズルだというのは、お父さんもお母さんも分かってるみたいだったけど、なにも言わなかった。



 夕べ、ネットで近辺の葬儀会館調べまくった。


「そちらで、佐渡さんのご葬儀はありませんか?」


 六件掛けて、全部外れ。


 自宅葬……いまどき、めったにない。


 それに佐渡君の家の様子を察すると絶対無い。あとは、公民館、地区の集会所……これは、調べようがない。


「ほとけさんは、必ず火葬場に行く、あのへんだったら、○○の都営火葬場だろなあ」


 お父さんが、呟くようにして言った。時間も普通一時から三時の間だろうって呟いた。


「行ってくる……」


 お父さんは、黙って一万円札を机の上に置いた。



「最寄りの駅からはだいぶある。タクシー使え」

「ありがとう。でも、いい」



 そう言うと、三階から駆け下りて、坂の上にペコリ。


 チャリにまたがると、火葬場を目指した。


 佐渡君は、あんな死に方したんだ。タクシーなんてラクチンしちゃダメだ。


 家から一時間も漕いだらいけるだろう。


 スマホのナビで、五十分で着いた。


 補導されるかもしれないけど、ウィンドブレーカーの下に制服を着てきた。


 いつもルーズにしているリボンもちゃんとしてきた。


 こんなたくさんの人て死ぬのかっていうほど、霊柩車を先頭に葬儀の車列がやってくる。


 むろん通勤電車並ではないけど、感覚的にはひっきりなし。


 あたしは霊柩車とマイクロバスに貼ってある「なになに家」いうのをしっかり見ていた。



 ……八台目で見つけた。



 霊柩車の助手席に、お母さんが乗っている。事故の日とちがって、ケバイことは無かった。


 霊柩車の後ろのマイクロバスは、半分も乗っていない。ワケありなんだろうけど寂しいなあ。


 窓ぎわに佐渡君に似た中坊が乗っている。弟なんだろうなあ……。


 火葬場に着いたら、だいたい十五分ぐらいで火葬が始まる。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの葬式で見当はつくようになった。



「十五分。いよいよ……」



 数珠は持ってけこなかったけど、火葬場の煙突から出る湯気みたいな煙に手を合わせた。待ってる間は自転車漕いできた熱と、見逃してはいけないという緊張感で寒くなかったけど、足許から冷えてきた。


 焼けて骨になるのに一時間。一時間は、こうしておこう思った。


 佐渡君は、たった一人で逝ってしまたんだから……。




「ありがとう、鈴木」




 気がついたら、横に佐渡君が立っていた。


「佐渡君……」


「学校のやつらに来てもらっても嬉しくないけど、鈴木が来てくれたのは嬉しい」


「あたし、なんにもできなかった」


「そんなことないよ。破魔矢くれたし、救急車に乗って最後まで声かけてくれた。女子にあんな近くで名前呼んでもらったの初めてだ。それに、手を握ってくれてたよなあ」


「え、そうだった?」


「そうだよ。鈴木の手、温かくて柔らかくって……しょうもない人生だったけど、終わりは幸せだった。ナイショだけどな、夕べ、オカンが初めて泣いた。オカンはケバイ顔とシバかれた思い出しかなかったんだけどな。オレ、あれでオカンも母親だというのが初めて分かった」


「佐渡君……」


「だけど、ほんの二三秒だよ。オカンらしいよ…………じゃ、そろそろ行くな」

「どこ行くの?」


「さあ、天国か地獄か……無になるのか。とにかく鈴木にお礼が言えてよかった……」


 佐渡君の姿は急速に薄れていった。あたしの意識とともに……。



「おう、やっと気がついたか」


 気が付いたら、火葬場の事務所で寝かされていた。


「なんか、ワケありの見送りだったんだね。冷たくなってただけだから、救急車も呼ばなかったし、学校にも連絡はしなかったよ。まあ、これでもお飲み。口に合うかどうかわからんけどな」


 事務所のオジサンが生姜湯をくれた。


 暖かさが染み渡る。


「ありがとう、美味しいです」

「もっとストーブの傍にに寄りな。もう、おっつけご両親も来られるだろうから」


「え、親が?」


「ほっとくわけにもいかんのでなあ、生徒手帳とスマホのアドレス見せてもらった」


「いえ、いいんです。あたしの方こそ、お世話かけました」


 オジサンは、それ以上は喋らず、聞きもしなかった。佐渡君も、いろいろあったんだろうけど、それは言なかった。



 そして、だんご屋の軽ワゴンで、お父さんとお母さんが迎えに来てくれた。


 車の窓から外見たら、心に積もりそうな雪がちらほらと降ってきた……。





※ 主な登場人物


 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生

 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問

 香里奈          部活の仲間

 お父さん

 お母さん         今日子

 関根先輩         中学の先輩

 美保先輩         田辺美保

 馬場先輩         イケメンの美術部

 佐渡くん         不登校ぎみの同級生

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