24〔それはない!〕
明神男坂のぼりたい
24〔それはない!〕
それはない!
クラスのみんなが口々に言う。
このクソ寒いのに体育館で緊急の全校集会だと副担任のショコタンが朝礼で言ったから。
担任の副島先生じゃないことを誰も不思議には思わない。
この冬一番の寒波の朝に体育館に集まれということに怒りの声をあげている。
あたしは知ってる。
だけど言えない。
体育館は予想以上に寒かった。
だけど防寒着の着用は認められない。
校長先生が前に立った。
「寒いけれど、しばらく辛抱してください…………今朝は、君たちに、悲しい知らせがあります」
ちょっとだけざわついた。
「こら、静かにせんか!」
生指部長のガンダム(岩田武 で、ガンダム)が叫んだ。
叫ぶほどのざわつきじゃない。三年生が登校してないので人数的にもショボイ。
ガンダムの雄叫びは、逆にみんなの関心をかき立てた。
「なにか、あったのか?」的なヒソヒソ声もしてきた。
「昨日、一年二組の佐渡泰三君が交通事故で亡くなりました」
えーーーーーーーーーーーーー!
ドヨメキがおこったけど、これにはガンダムも注意はしなかった。
「昨日、石神井の駅前で暴走車に跳ねられ、一時間後に病院で死亡が確認されました。跳ねた車はすぐに発見され、犯人は逮捕されました……しかし、逮捕されても佐渡君は戻ってきません。先生は、今さらながら命の大切さとはかなさを思いました。ええ…………多くは語りません。皆で佐渡君に一分間の黙祷を捧げます……黙祷!」
黙祷しながら思った。
校長先生は、佐渡君のこと個人的には何も知らない。仕事柄とは言え、まるで自分が担任であるみたいに言える。これが管理職の能力。
裏のことはだいたい分かってる。お父さんも、お母さんも元学校の先生だった。
学校に事故の一報が入ると、校長は管理職全員と担任を呼ぶ。そして言うことは決まってる。
「安全指導は、どうなっていた!?」
と、担任は聞かれる。
慣れた担任は、学年始めや懇談の時に必ず、イジメと交通安全の話をする。
これが、学校のアリバイになる。
やっていたら、例え本人の過失でも、学校が責任を問われることは無い。
で、佐渡君みたいに完全に相手に過失があった場合は、信じられないけど、管理職は胸をなで下ろす。中には「ああ、これで良かった」ともろに安心するようなやつもいるらしい。
佐渡君も、陰では、そう言われたんだろう。
そんなことは毛ほどにも見せないで、それはないだろというのが正直な気持ち。
別に前に出て佐渡君の最後のを話したいことはないけど。ただ石神井で当て逃げされて死んだ。それだけでは、佐渡君がうかばれない。
改めて佐渡君の最後の姿が頭に浮かんで、限界が近くなってきた。
だけど、ここで泣き崩れるわけにはいかない。きっと、みんな変な噂たてる。こぼれる涙はどうしょうもなかったけど、あたしはかろうじて、泣き崩れることはしなかった。
しらじらしい黙祷と、お決まりの「命の大切さ」の話。これも学校のアリバイ。辛抱して聞いて教室に戻った。
佐渡君の机の上には、早手回しに花が花瓶に活けてあった。
あたしは、もう崩れる寸前だった。誰かが泣いたら、いっしょに思い切り泣いてやる。
当てが外れた。
みんな、いつになく沈みかえってたけど、泣くものは一人もいない。
担任の副島先生が入ってきて、なんか言ってるけど、ちっとも頭に入ってこない。
「……なを、ご葬儀は、近親者のみで行うというお話で、残念ながら、ボクも君らもお通夜、ご葬儀には参列できません。それぞれの胸の中で、佐渡泰三のこと思ってやってくれ。この時間、クラスは……泰三を偲ぶ時間にする」
そう言うと、副島先生は廊下に出てしまった。
「先生!」
あたしは、廊下に出て、先生を呼び止めた。
「なんだ、鈴木?」
「あたし、佐渡君の救急車に乗ってたんです。佐渡君が息を引き取るときも側に居ました。あたし、せめてお線香の一本も供えてあげたいんです。葬儀場……教えてください」
「……ほんとか。そんな話知らんぞ!」
予想はしていた。あのお母さんが、事情も説明せずに葬式に来るのも断ったんだ……。
それはないだろ。
そう思ったのが限界だった。
廊下で泣くわけにはいかない。トイレに駆け込んで、ハンカチくわえて、あたしは過呼吸になりながら、ずっと泣いた……。
※ 主な登場人物
鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
香里奈 部活の仲間
お父さん
お母さん 今日子
関根先輩 中学の先輩
美保先輩 田辺美保
馬場先輩 イケメンの美術部
佐渡くん 不登校ぎみの同級生




