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明神男坂のぼりたい  作者: 大橋むつお01
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01『それは三日前に始まった』

明神男坂のぼりたい


01〔それは三日前に始まった〕     





 それは三日前の12月27日に始まった。



―― アスカ、ちょっと学校出ておいで ――


―― え、なんでですか? ――


―― 期末の国語何点だったかしら? ――



 これだけのメールの遣り取りで、あたしは年内最後の営業日である学校に行かざるを得なくなった。


 東風こち先生は、あたしの国語の先生でもあり、演劇部の顧問でもある。


 数学と英語が欠点で、国語がかつかつの四十点。それでなんとか特別補習と懇談を免れた。四十点というのは実力……とは思っていたけど、素点では三十六点。四点はゲタで、そのさじ加減は先生次第。


 きたるべき学年末を考えると行かざるを得ない。



 一分で制服に着替え、手袋しただけで家を飛び出す。



 玄関を出て左を向くと、明神男坂。


 68段の石段をトントン駆け上がり、神田明神の境内を西に突っ切ってショートカット。


 拝殿の前を通過する時には、どんなに急いでいても、一礼するのを忘れない。


 馴染みの巫女さんが――あれ?――って顔をしている。


 テヘって笑顔だけ返して、三十秒で突き抜けて神田の街を、さらに西に向かってまっしぐら。


 水道歴史観が見えたところで外堀通りに出て、そのままの勢いで学校に着く。


 

 東風先生の名前は爽子。



 名前から受ける印象は、とても若々しく爽やかだけど、歳は四十八(秘密だけど)。 


 見かけはショートがよく似合うハツラツオネエサン。アンテナの感度もよく、いろんなことに気のつく先生だけど、悪く言えば計算高く、取りようによっては今日みたいに意地悪な人の使い方もする。



「香里奈が、健康上の理由で芸文祭に出られなくなった。アスカが代わりに出るんだ」


「あ、あたしが!?」


 見当はついていたけど、一応は驚いておく。


「三年生出しても、来年に繋がらんだろ」


「だけど、あたし、まだ一年生……」


「なに言ってんの。三年以外っていったら、香里奈とアスカしかいない。で、香里奈がダメになったら、アスカがやるしかしょうがない。だろ?」


「……そりゃ、そうですけど」


「ハンパな裏方専門という名の幽霊部員から、このTGH演劇部の将来を担える生徒になんなさい。鈴木アスカ!」


「は、はい……」


「一年でダラダラしてたら、高校生活棒にフルぞ。もう三か月もしたらアスカも二年。ここらで、一発シャキッとしとこうぜ!」


 と、愛情をこめて頭を撫でられた(ほとんどシバカレた)


 あたしの学校は、都立Tokyo Global high school(和名=東京グローバル高校。意訳すると東京国際総合高校……なんともいかめしく中味のない名称であることか!)


 二年前に三つの総合科の高校が統合されて一つになった。あたしは、その二期生で、三年生は、もとの学校の名前と制服を引き継いでいる。


 統合と共にやってきた校長は、いわゆる民間人校長でTGHを含め四つの校長を兼ねて張り切っている。これは四倍の給料が出る? と思ったら、四校分の給料が出るわけではないらしい。


 なんだか火中の栗を拾うって感じで、入学式で見た時は期待した。


 あたしは、新設校は生徒への手当が厚いという中学の先生の薦めでこの学校にきたけど、どうも総合病院みたいに、ただ白っぽくてデカイだけの校舎はとりとめがなく、三校寄せ集めの落ち着きのない雰囲気にもなじめない。


 演劇部は、勧誘のAKBの歌とダンスがイケてたことと、東風先生の熱心な(下町言葉では『しつこい』)勧誘で入ってしまった。本当は軽音がよかった……とは、口が裂けても言えません。



『ドリームズ カム トゥルー』という一人芝居の台本をもらった。


「早めに目を通して、新年五日の稽古には台詞入れてくること!」


 ドン!


 背中をドヤされて職員室を出る。


 新設校のドアは、区立中学と違って、ピタリと閉まる。


 どうでもいいんだけど、銀行で用事を済ませて「ありがとうございました」って、行儀よく――でも、これでおしまい――って頭下げる銀行のオネーサンみたい。


 成績について色よい返事を期待したけど「もう三か月もしたらアスカも二年」という先生の言葉に脈ありのシグナルと、大人しく帰る。


 帰りは外堀通りを神田川沿いに東に向かう。


 いつもは、登校してきたルートを逆に帰るんだけどね、ちょっとシミジミの時は、ちょっと遠回りの外堀通り。


 石柱とステンレスの柵の向こうは川沿いに、結構な緑、緑の底には川が流れていて、時々電車の音。


 放電か充電か……ちょっと落ち着くんで、ま、こんな時には通るんだ。


 通り沿いにはお茶の水にかけて大学とかあって、学生さんとかも歩いてる。


 高校生や勤め人の群れの中を歩いているよりもいい。


  

 ボーっと歩いているうちに聖橋が見えてくる。


 聖橋を潜る手前に階段があって、そこを上がって403号線(都道)。


 うっかり聖橋を潜ってしまうと湯島の聖堂を大周りして200メートルほど余計に歩かなくてはならない。


 北に向かって、ちょっと行くと明神の大鳥居。


 気分によって、鳥居を潜ったり、パスして横っちょから家に帰ったり。



 ちょっと迷って、家に帰る。



 台本を読もうとするんだけど、ついテレビの特番を観てしまう。


 外国人の喉自慢にしびれ、衝撃映像百連発、ドッキリなんか観てると夜は完全に潰れ、昼間は、家の手伝いやら友だちとのメールの遣り取りなんかでつぶれてしまう。


 今日こそは……そう思っていると連ドラの総集編を観てしまって、大晦日の朝になる。


―― 台本読んでるかい? ――


 東風先生のメールで、ようやく台本を読み始める。


 かくして、この年末のクソ忙しいときに、我が『明神男坂のぼりたい』が始まってしまった!



※ 主な登場人物


 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生

 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問

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