爵位談義
「ではこれより、『どの爵位が一番風評被害を受けているか会議』を開催します!」
「待て男爵、何故貴様が仕切っているのだ」
「これは子爵殿、異なことを仰せになる。この中で一番の風評被害といえば男爵をおいて他にはないでしょう」
男爵、それは貴族階級の最低辺。
その立場は由緒正しき歴史ある家なれどクソ貧乏だったり、逆に商売で成功して爵位を与えられた新興貴族だったりと様々であるが、大体に共通するのは、立場も弁えず王子やら高位貴族の令息に色目を使うゆるふわビッチの娘がいること。
「男爵、それは偏見が過ぎるのではないか?」
「いいや、そんなことはありません。大概は頭もお股もユルユルで髪の毛はピンクブロンド。なんでだ! どうしたらみんなその髪色で生まれるんだよ。しかもだいたい妾の子、大きくなるまで認知すらしてないことも多い。それに親父はでっぷりハゲ設定なのに、どうやったら美少女が生まれるんだ。遺伝子壊れてんのか! そんなんだから養女って設定にしないといけなくなるじゃねーか」
怒りが収まらない男爵を他の者が落ち着けと宥めるも、その口は止まることを知らない。
「それにさ、総じてマナーを知らなさすぎる! 最低辺の爵位だけどさぁ、子供の教育くらいしっかりやるっちゅーの。出来の悪い奴なんか恥ずかしくて表に出せんわ!」
「男爵荒れてんなあ……」
「優秀な男爵って設定あんまり聞かないしね……」
「しかも! 『学園ではみんな平等ですー』だぁ!? 舐めたこと言ってんじゃねーよ。最低辺だからこそ、上に逆らったらどうなるかよーく知ってんだわ。上下関係の厳しさなんざ、体でもって死ぬほど分からせますわ。そんな状態で外に放り出すわけないだろーが!」
「男爵殿の怒りはよく分かる。なれど子爵はそれに輪をかけて扱いが粗雑なのである」
息継ぎもしないで叫び続けたせいか、男爵が息をゼェハァしているところへ、今度は子爵が自身の主張を展開し始める。
子爵、それは男爵の上に位置し、ギリギリ中位の貴族と見る向きもあるが、大抵は下級貴族の括りに入る爵位。しかも無位から一足飛びで子爵に叙されることもあまりないので、新興貴族、成り上がりといったケースは少なく、バリエーションに乏しい身分である。
「バリエーションに乏しいw」
「ウルサイよ……子爵を設定に採用するのなんてなぁ、大体において『男爵だと最底辺な感じや成り上がり感が出ちゃうなぁ。でも身分の低い感じは出したいんだよね。よし、子爵でいこう!』とかいう消極的な理由でしかないんだぞ」
スーパーネガティブな子爵の口調にドン引きする周囲。
「いいよいいよ、そういう理由で登場させるならやればいいさ。だけどね、新興貴族じゃないということはそれなりに歴史のある家なのよ。貴族社会を生きてきた家なのよ。だけど登場する令嬢ってさ、男爵家と大差ない馬鹿なもんだから致命的よ。貴族になりたてってんならルールを知らなくてもまだ言い訳出来るけど、長年貴族やってる家ですよ、『お前ん家の教育どうなってんのよ』って謗られるのは男爵以上よ。全ての善良な子爵家に謝れ!」
その叫びに「ああ、うん」と声にならない消極的な同意をする各位。改めて言われてみれば、絶対に子爵でないといけない理由というのはたしかにあまり無いかもしれない。
「身分の低さを出すなら男爵でいいじゃねーか……中途半端にワンランク上げんなよ。しかもワンランク上と言ったって下位なのは変わんねーから、ドアマット役には力不足だし、ドアマットやるにしたらせいぜい姉妹間とか身内でしか出来ねえ……中途半端なんだよ、全てがちゅーとはんぱなんじゃー!!」
「いやいや子爵殿、中途半端とはこの私、伯爵のためにある言葉ですぞ」
ボソボソとネガティブな論調を続けていた子爵が最後に爆発したところで、次は伯爵が自分の番とばかりに話し始める。
伯爵、それは爵位の中でも中間に位置する者。このあたりから家の数も限られてくるので、高位貴族の部類に入ることもあるが、大抵は中間層、身分が極端に低くもなければ高くもないという扱いであることが多い。
「どっちつかずw」
「そうさ中間なんだよ中間、使い勝手がいいんだよ。ときには建国以来の勲臣で公爵、侯爵にも負けぬ権勢を誇っているかと思えば、別の話では男爵やその辺の平民よりド貧乏だったり、設定の振れ幅が大きすぎんだよ!」
さらに言えばいじめる側に立つことも、ドアマットヒロインになることも、伯爵令嬢だとなんとなーく適役かなと思えてしまうポリバレントな立ち位置。しかもいじめる側でも主犯として敵役になることもあれば、公爵やら侯爵の令嬢の取り巻きも演じられるのだ。
「まさにユーティリティ」
「嬉しくないわ! 伯爵ってまあまあ身分高いはずなのよ。なのに真ん中の爵位だからって、『中間層だよね。どっちもいけるよね』って都合よく使いすぎなんじゃ! かの有名なドラキュラだって伯爵なんだぞ! もう少し身分高い感出せや!」
「ドラキュラのモデルはワラキア公ヴラド3世だから伯爵じゃないぞ」
「話の腰を折らんでください……」
男爵家や子爵家の者が主役ならその敵役、伯爵家が主役ならそのライバル、公爵家や侯爵家が主役ならその取り巻きとどんな話に登場しても違和感のない伯爵家。だがその使い勝手の良さがゆえに、方々で伯爵家を軽く扱われているような気がするのが不満なのだ。
「あと、男爵令嬢とか子爵令嬢が伯爵家の次男とか三男から婚約破棄されるの多すぎ。継ぐ物のない次男や三男よ。婿入りできるだけありがたいってのに、むざむざそれを棒に振る伯爵令息多すぎだろ。だいたいなんで婚約相手に伯爵家を選ぶ。同格から選べよ」
「そこはほら、ちょっと上の爵位の方が身分を笠に的な設定で……」
「使いやすいw」
「令嬢でも令息でもテキトーに設定しすぎだよ……」
「令息の設定というのなら、我が辺境伯家への偏見は他の追随を許さないと自負するぞ」
みんなが使い勝手の良さを褒めているようで小馬鹿にするので伯爵が意気消沈していると、今度は辺境伯の番だ。
辺境伯、それは国境付近に領地を有し、外敵から国土を守るために大きな権限を与えられた身分。辺境”伯”と称しているが、実質侯爵と同格であることが多い。その領土が中央から遠く離れた辺境であることを除いて。
「つまりは田舎者」
「あーそれ! それ! 辺境って言葉が人跡未踏の僻地みたいな印象与えるんだよ! 侯爵と語源は一緒なの。誰が外敵から国を守ってやってると思ってんだよ。ふざけたことぬかすとぶっ潰すよ」
「いやー、脳筋こわーい」
「それも! 軍事に特化したイメージが先行しすぎ。単なる駐留軍の指揮官じゃないの、領地を治める領主なの。頭パッパラパーに務まるわけないでしょ!」
辺境伯というと大体は豪快な熊男のイメージなんだけど、なぜか辺境伯令嬢はホントに家族なのかと疑わしい美少女だったりする。そしてその娘が婚約者に邪険にされようものなら、お父さんやその風貌をばっちり受け継いだ熊兄貴によって婚約者の令息は(自主規制)されるというオチが定番になっている。
「やっぱり武門の家柄ってイメージだからね……」
「そう思うだろ? でも、婚約破棄された令嬢が辺境伯に嫁がされるパターンのときはさ、ほとんどが悪魔みたいな風貌とか、冷血無比な男とか悪評満載なのに、いざ会ってみたら婚約者を溺愛するシュッとしたイケメンってパターン多すぎじゃね?」
いくら国境警備のために領地にいることが多かろうと、辺境伯クラスの高位貴族の顔を国内の貴族が誰も知らないって無理があるのではという主張に、誰もが「ま……設定だからね」と、暗にご都合主義を肯定するしかなかった。
「田舎の荒くれ者だと思ったら、めっちゃイケメンでしたを表現するためだけに辺境伯の名前使うのやめてくれないかな。ステレオタイプすぎて萎えるわ」
「ステレオタイプというなら我が侯爵家も負けないよ」
辺境伯が人々の間にこびりついたイメージに辟易していると、侯爵がウチも負けてはいないと対抗してきた。
侯爵、それは貴族の中でも上位に位置する者。物語によっては公の地位を置かない国もあるため、場合によっては最上位の爵位のこともあるが、どちらにせよ国の中枢を担う立場である。
「悪役令嬢といえば侯爵の娘が多いですね」
「決めつけんな」
「えー、でも敵役になる侯爵の子弟って傲岸不遜、尊大、居丈高、オーホッホッ。って感じですよね」
「うん、態度デカいよね」
「下の者は虫けら扱いですね」
「お前ら悪役のイメージに特化しすぎ。でも否定できない……」
侯爵家というと、態度がデカくて周囲を見下し、親はなんか悪いことしてそう。そんなイメージを持たれがち、というか、そう思われているフシが往々にしてあり、それがまさにステレオタイプなのだと嘆息する。
「一応、ハッピーエンドを迎える心優しいドアマットヒロインもたくさんいるんだけどなぁ……」
「いますね。王子の断罪に断罪返しでざまあする侯爵令嬢」
「でもやっぱり態度デカい人多いですね」
「悪役のイメージが強いですね。なんででしょうか」
「やっぱり権力に近いところにいる者への妬み嫉み?」
「権力の座から転がり落ちることで溜飲を下げるため?」
「物語に花を添える舞台装置?」
「侯爵なのに候爵って書いて誤字報告された恨みを晴らしているとか?」
「散々な言われようだな……最後のは完全に自分のミスだろ」
侯爵ともなると王子の婚約者だったり、ヒロインをいじめる主犯だったりと物語のキーになる存在が多く、固定されたイメージ~偉そう~というのが定番になりつつある。
「借金こしらえる侯爵家も多いですよね」
「そう! 借金肩代わりの見返りに下位貴族の令嬢を嫁にって展開多すぎよ。そりゃ散財する奴もいるだろうけど、ほとんどの家はちゃんとした金銭感覚もってやってるわ」
「借金してるくせに妙に偉そうなのは変わんないですよね」
「偉そうって言うか実際偉いんだよ。見下されないように教育してるんだよ。ノブレスオブリージュって知ってるか? 偉そうにする分、下の者への気配りやら高位貴族としての義務から目を逸らすなってのも併せて教えてるわ。偉そうってところだけ強調しやがって……偉いってんなら公爵の方が偉いんだよ。高慢ちきな人物を出したいならそっちを使ってくれってんだ」
「いやいやいや、公爵の乱用は世界を滅ぼすことになりますぞ」
偉いやつを出すなら公爵家にしろよと言う侯爵の主張に真っ向から反論するのは公爵。
公爵、それは貴族の爵位では最上位に位置する者。一国の君主の称号の場合もあるが、王がいる国にあっては家臣が叙されることもあれば、王にならなかった男子王族が襲名する場合もある。
「じゃじゃーん! 題して公爵多すぎもんだーい!」
「何ですか、このテンションの高さ」
「トリを飾ろうと頑張っているのかな?」
その主張は単純で、公爵家を名乗る人物が多すぎるのではないかというものである。
「君たちは公爵の位がそう簡単に与えられると思うか?」
「まあ、そう簡単には……」
「与えらんねーわ。ですね」
「そう。最上位の階級であり、場合によっては独立国ともみなされることもある地位。そんな簡単に与えられるわけがない」
にもかかわらず、王位継承から外れた第二王子やらが公爵位を得て臣籍に下るという描写がかなり多くある。これが問題だと公爵は主張するのだ。
「何か問題でも?」
「あのさ、公爵位は一代限りじゃないのよ、ずっと受け継がれるのよ。王族の次男や三男が毎度毎度公爵になったら、代替わりするたびにどんどん公爵家が増えるわけ。あり得る? 与える領地なんか残ってないよ。かと言って給金を支給するにも限界があるし、貧乏公爵家爆誕ですよ」
そうなったら主人公は没落寸前のA公爵家の娘、それを見初めるB公爵家の嫡男、そしてそれに嫉妬してAをいじめるC公爵家の娘と、登場人物全員公爵家の出身になってもおかしくねーぞと警鐘を鳴らす。
「公爵家を出しすぎると侯爵以下の貴族必要なくなるぞ」
「それはちょっと……」
「多様性大事」
「だろ? 公爵のご利用は計画的にですよ」
◆
「それで誰が一番風評被害ですかね?」
「陛下はどう思われますか」
「そんなもん、王家に決まっとるだろ」
貴族各位に意見を求められた国王は間髪入れずにそう答える。
「ったく……右を向いても左を向いてもバカ王子が婚約破棄しやがって……百歩譲って婚約解消とかならあり得るよ。でもそれにしたって密室で当事者のみで話し合うのが筋ってもんだろ。大勢のオーディエンスがいる中で、『貴様との婚約を破棄する!』って、とても教育を受けた王子の所業じゃねーわ。その瞬間両親であるワシと王妃の評価はダダ下がりじゃ。どんなに名君とか謳っても、子供の教育すら満足にできない無能wって笑われるのがオチだろ。王子に生まれたなんて親ガチャSSRだってのによー」
「はぁ……みんな大変なんですね」
「爵位にかかわらず風評被害は発生していると」
「どうしたらいいんですかねぇ」
「常日頃から声高に叫ぶしかないだろ」
『爵位の使い方はよく考えてください!』
『プロットきちんと作れよ!』
『納得できる理由を考えて!』
『髪の毛の色も!』
『ご都合主義で逃げんな!』
彼らの叫びは果たして届くのだろうか……
「あのー」
「何か?」
「どの爵位が一番悲惨かを決める会議があったとか。呼ばれていないのですが……」
「私も同様に呼ばれてません」
「あー、準男爵と騎士爵は貴族じゃねーから呼んでないわ」
「そんな……」
◆
お読みいただきありがとうございました。
いやいや、こういう使われ方もしてるよというツッコミは多々あるかと思いますが、偏見に満ちた馬鹿話ですので、笑って許していただけると幸いです。実は辺境伯家のあるあるは自分が書いている長編の設定を揶揄する自爆仕様だったりする(笑)