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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第7章・追憶その7


 私は今その“彼”のことを、“彼”とか“男の子”という言い方をしている。でもそれは私がその人に名前を忘れてしまったからではない。私はその“彼”の名前をちゃんと憶えている。漢字でどう書くかも。もちろんローマ字で書いた時のスペルも。だけどどうしても名前を言いたくない。口にしたくない。


 彼としたキスが私にとってはファーストキスだった。

 普通の女の子が夢を見るように、私にも私なりのキスに対する小さな夢があった。秋の夕暮れ落ち葉の沢山ちりばめた街路樹の下とか、冬、外は雪景色が見えるあたたかな部屋とか。または・・(キリがない)。でも実際はずいぶんあっけないものだった。夢も希望もあったもんじゃなかった。

「私のファーストキスは学校帰りのこんな汚い路地裏でしたんだ。」

そう思うと悲しくなった。夜はこのあたりは飲み屋が多いからだろう、道路のあちこちになんだかわからない浸みこんだ液体の跡やら、ゴミのくずやらが目についた。ふと見ると野良猫が何匹もあちらこちらで寝ていたり。私はがっかりした。心からがっかりした。でもきっとこんなもんなんだ、と諦めることにした(というか諦めるしかない)。

 それでも私はこれでまた彼と一歩近づけたんじゃないか思った。恋人、そういう言葉を初めて意識した。それは16歳の女の子には十分刺激的だった。

 それからは彼は一緒に帰ると必ず私とキスをしたがった。正直、その為に私と帰るのかと思うくらいだった。彼は毎回わざわざ遠回りをし、人気のない方へ私の手を引いて行き、周囲をちらっと見て大丈夫だと確かめると急に抱きしめてキスをしてきた。その間会話はあまり成り立たなかった。私が何か話しかけても、うわの空の返事が返ってきた。


 私は彼のことをとても好きだったけど彼のそういう所に疑問を感じ始めた。つまり、“その為の私なのだろうか?”という気持ちが大きくなっていったのだ。それは最初小さい(ほころ)びだったけど日を追うにつれて大きくなっていった。多分あまり時間もかからなかったと思う。そして私の気持ちと裏腹に彼の行動はエスカレートしていった。キスで満足できなくなってきた彼は、そのうち私の身体を触りたがった。長いキスをしながら背中にまわした手がだんだん胸の方へあがってきたり、腰の方へ下がってゆくのを私はびくびくしながら気づかないふりをした。気づいたことを相手にわからせることで「OK」という意味にしたくなかったのだ。時に人は自分の思いが強いと、相手も同じ気持ちだと思いこみ、自分の都合のいい方に考えてしまう。

 何度も言うけれど、私は彼のことを好きだった。とても好きだった。ただ心の準備ができなかっただけ。彼もおそらくそうだったのだと思う。きっと本当は簡単に女の子の身体に触れていいとは思ってなかっただろう。でも彼自身どうにもならなかったのだ。16歳の男の子の性欲はそれこそ津波のようなものだったのだろう。

 だけど私にも私の事情があって感情があった。無知な私は、彼のその行動を理解しようと思うゆとりがなかった。彼のキスを何とか受け入れても、その先のことまではどうしても許せない。一度許してしまうときっと止め度がなくなると思った。お互いが一気に流されていくだろうと思った。それはきっと想像以上に私を傷つけるだろう、私にはその確信があった。深く深く傷ついて、でも同時に私も彼に溺れてゆくだろうと。快感というのはそういうものだと。それに私はその頃妊娠についての知識も全くなかった。授業で習う、世間に出た時全く役に立たないことすら頭になかった。だから怖かった。

 彼はやがて休みの日に自分の家に来ないかと誘ってきた。さすがの私もなぜ彼がそんなことを言うのか分かった。私は断った。その日は用事があると言って。また彼は誘った。また私は断った。三度目、やっぱり私が断わった時、彼は不機嫌になった。急にゴニョゴニョとこちらが聞き取れないくらいの声で何か口汚いことを言っているのがわかった。明らかに怒っているのがわかったけど、私にはどうすることもできなかった。

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