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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第6章・追憶その6


 私は割りばしの入っていた袋に小さく自分の名前を書いた。ほとんどというよりは絶対一度で読んでもらえたことのない名前。

“小鳥遊 心澪”

「・・・名前は読めないけど、名字はわかった。」

「本当?」

「うん、多分。たかなしさんだよね。」



 その晩を境に私たちは急速に親しくなっていった。彼は25歳で、秋田から出てきて3年になるとのことだった。高校を出て地元の会社に就職したが、どうしても一度は都会に出てみたいという気持ちが抑えられず22歳の時に上京。地元で大工の修業をしていたことを生かして小さいながらも建設会社に就職、今に至るのだと。

「でも思ってたより都会なんかすぐに飽きたよ。どこを見ても同じ景色。田舎の方がよっぽど色がある。(いろど)りって言うのかな・・・、季節が変わったこともちゃんと自然を見てわかる。都会(こっち)はダメ。女性の洋服で気づいたりする。」

 私もポツポツと自分のことを話した。父親がいないこと。高校を出てからずっと一人暮らしだということ。小さな会社で事務というよりは雑用係みたいな仕事をしていること。21歳だということ。


 三回目に会った晩、私たちは私のアパートでひとつの布団にくるまった。本当は私はすでに二度目に会った時、彼にその身を預けたいと思っていた。恋と呼べるようなはっきりしたものではなかったし、女から誘うようなことはできないと、今思うと鼻でせせら笑ってしまうような恥じらいがあった。でも彼に明らかに好意を持っていた。

 那智はそんな私の気持ちを何気なく気づいてたかもしれない。三度目に会った晩、食事をしてから夜の街をとぼとぼと歩いていた時、私たちはどちらからともなく身を寄せ合い、いつのまにか手を握り合っていた。私はそのまま自分のアパートに彼を連れて行った。那智は何も言わなかった。そして私たちはお互いの肌を重ね合った。

「ミレイ・・・。」

「何?」

「・・・いや、なんでもない。」

気づかれたか?と思った。でもそうではないようだった。全て終わった時、彼はちょっと驚いたようにいった。

「初めてだった?」

私は無言の返事を返した。ただ彼の胸に顔をうずめて、彼の腕枕に自分の耳やら頬やらがくっついていることが幸せだった。そして思った。これは恋だと。私はこの人を愛し始めていると。那智はずっと私の髪を撫で、時折その手を背中まで伸ばした。やさしい、柔らかい、あたたかなその指先は私にとって永遠だった。


 私は処女だった。今時、といっても今からほんの数年前のことなのだけど、その頃だってハタチ過ぎて処女なんてありえないという感じだった。でも私は処女だった。

 

 今でも忘れられない。私が高校生だった頃つきあってた男の子がいた。私たちは中学校からの同級生だったが、選んだ学校に同じ中学出身の子が少なく、クラスでは私と彼だけだった。それをきっかけに私たちはよく話すようになり、次第にお互いを恋愛対象として意識してきて、高校1年生の冬にいわゆる“つきあう”ようになった。

 仕方のないことだと思うのだがこの年頃の男の子はいつも女性の身体のことばかり考えている。遊んでる子に限らずどんなにまじめな子も。男の子はだいたいそうらしい。今の私ならそれがわかる。でもその頃の私は男の子の生理にとても無知だった。

 つきあうようになってしばらくしたある日、私と彼は二人で下校して何となくぶらぶらと歩いていた。気がつくと彼がなるべく人気のない方へない方へ歩いてゆくように見えて、私は疑問に思いながらもそのまま一緒に歩いて行った。なんだか寂しいところだな、駅まで戻るの大変になっちゃう(私はバス通学だった)・・・そう思っていたらいきなり彼が私に抱きついてきた。

「え?」

と思う間もなかったが同時にこの為にわざわざこんな所へ歩いてきたのか、と理由も納得した。その男の子は頭のいい、賢い人だったので、無駄なこととか遠回りとかをしない合理的に動く人だったからどうしてこんな歩き方をするのか不思議だったのだ。

 彼は私が抵抗しないとわかると今度はキスをしてきた。正直私はびっくりした。つきあってまだ数週間しかたっていないのに、と思った。多分“それ”も遅い考えなのだろうけど私にとってはまだまったく心の準備ができてなかった。もちろん私はその男の子をとても好きだった。いつかそうなってもいいと思っていた。でも実際はあまりに突然で唐突で、こちらの気持などおかまいなし、のような感じがした。それでも私は抵抗しなかった。彼に嫌われたくないという気持ちと、やはりどこかに好奇心があって、私は私の知らない未知の自分を見てみたいという気持ちがあったのだ。





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