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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第28章・悶える鳥その16ー名無しの男の邂逅その2-


 駅から出ると冷たい風が一気に頬を刺した。その冷たさは俺の胸の奥底の琴線までしっかり届き、思い出さないと決めた記憶まで鮮明に蘇らせた。

 あの女の子のことは気にはなるが、ずっと見はっているわけにもいかない。バナナも食べたようだしメモも受け取った。本当に人間(ひと)と交わることを拒む奴はどうアプローチしても無理な時が多い。そういう人間も見てきた。だからまだあの女の子は安心できる。


 俺にとっては旅が日常に近い。もうずいぶんの間どこか一か所に定住もしていない。多分俺は怖いのだ。どこかに定住することが。そして、他人という間柄の誰かとひとつ屋根の下に定住する間柄になるのが。そういうと、俺がまるで孤独を好んでいるように思われるのだがそうではない。独りの方が気楽だとは思うけど、孤独はごめんだ。あ、今ので思い出したくない記憶が気配を醸し出してきた。もうやめよう。

 とにかく俺は他人が思うよりは他人と接することが嫌いじゃない。だからあの女の子にも最初から声をかけた。様子をうかがいたいのもあったが・・・。若い頃はそういうことが頭で思っててもできないことが多かった。でも一度、やはり長距離の列車で、最初見かけた時から気になった女の子(助平心じゃなくて。様子がおかしいという点で)に声をかけず(それでも何となく見ていたのだが)、あげくの果てに死なれてしまったことがある。その子は一人でいた。荷物も小さかった。彼女は事もあろうか自分が乗ってた列車が駅に停車中、反対のホームに入ってきた列車に飛び込んだ。

 その女の子がどんな女の子だったか説明するのは無理。ただ小柄だったとしか覚えていない。そしてどことなく険しい目つきをしていたとしか。今思えば、恐らく死ぬ決心をしていたのだろう。死ぬ為だけにその列車に乗り、その駅に降りたのだ。咄嗟的に走っている列車にホームから飛び込むなんてありえない。計画してたドラマティックな悲劇だったと思う。俺は確か座席で眠っていたが、外がやたらざわめき始めて目を覚まし、ホームを見て何かあったのを察した。と同時に同じ車両に乗っていた他の客が「自殺だ自殺。」と言いながら、迷惑そうに自分の場所に戻っていったのを見た。

 「あの子じゃないよな?」そう思いながら(願いながら)列車の外に出た。人だかりになるほどの人の数はなく、駅員が一応見物人を遮ろうとするのだがその駅員も数がいなく、ズタズタのマネキンのような轢死体ははたして丸見えだった。血やら肉(?)やらが飛び散った惨状の中で幸いなことに彼女の顔はうつ伏せになっていて誰かから見えることはなかった。その光景は明らかに奇妙で違和感があった。そのホームの向こうは死の世界だった。そういう匂いがした。目の前でそんなものを見ることは通常ない。誰かがすすり泣く声も聞こえた。それも不思議だった。何の為に泣くのか。自分の視野範囲でそういう思いがけないことに遭遇したことへのショックなのか。自分の人生でそういう場面に出くわしたことへの拒否心なのか。あの子は一人だった。どう考えてもその涙は彼女の為の涙じゃない。

 俺ははげしく後悔した。やはり声をかけるべきだった。俺が声をかけたからといってどうにもならなかったかもしれない。決心したその覚悟を、知り合ったばかりの赤の他人で覆されるなんて話はテレビの中だけだ。現実にはそれだけの覚悟を揺るがせることは、不可能とは言わないけどかなり厳しい壁だと思う。俺だって俺なりに覚悟を持って故郷を出たのだ。でもそれでもやはり俺は後悔した。後悔することでせめて彼女を忘れないようにしようと思った。俺なりの懺悔。死ぬことは止められなかったかもしれない。だけど死ぬ前にどんなに拙い(かかわ)りでも「いいことだってあった」と思わせることができたかもしれない。それを届けられなかったことへの懺悔。


 俺に出来る精一杯の親切があのメモだけだ。あの女の子はこれからどこへ行くんだろう。どう見てもいい旅には見えなかったが。俺にとってもこの帰省は本当に正しいことなのかわからない。

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