第25章・悶える鳥その13
「あのね、ココ、知ってたの。お姉さんが今日病院にくること。」
彼女は私の前に立ち、私の顔をじっと見つめた。
「あのね、変に思わないで。ココ、どこもおかしくない。だけどわかっちゃうの。」
「・・・何を?」
「色んなこと。色々。わからないこともあるんだけど、時々パッとテレビみたいに出てくるの。色んなこと。」
それだけ言うと彼女は悔しそうな顔をした。どう言えば自分の言いたいことが伝わるのかが分からなくてもどかしい、とでも言いたい顔。自分のボキャブラリーの少なさを理解しているように見える。絡まった糸を必死でほぐそうとしているようにも見える。
「今日、お姉さん、本当はもっと病院にいたかったのに帰っちゃったでしょう?」
「・・・・。」
「ココが、お父さんのこと言ったからかなあ、って思って。」
「・・そんなことないよ。」
「うん・・、でも、あのあと、お父さんの部屋に行ったら、お父さんも変だった。」
「変?」
「多分、お姉さんのこと考えてたんだと思う。」
「・・ココちゃんは人の気持ちが分かるの?」
「ううん、わかんない。でもね、お姉さんとお父さんは、なんかね、うーんとね、空気が似てるっていうか・・・。」
“波長”が合う、ということを言いたいのだろうか。雰囲気のことを言ってるのだろうか。
「ただもう一度会いたかったんだ。お姉さんに。だからココお願いしたの。お姉さんに会わせてほしいって。」
「誰に?」
「誰とかじゃなくて、ただ思ったの。うんと強く。今日ずっと。」
念じたということだろうか?念じることで人の夢の中に入るなんてことが可能なのだろうか?
「・・・。」
「ねえ、ココの言うこと合ってるよね?お姉さん、お父さんに会いに来たんでしょう?」
まっすぐな澄んだ瞳。吸い込まれてしまいそうな幼い瞳。・・・嘘のない、何も知らない瞳。何も知らない瞳。
「・・・わ、私は・・・。」
次の瞬間私は汗をぐっしょりかいて天井を見つめていた。自分が今置かれている状態を理解するまでに一瞬の間があった。
私の部屋。薄暗くて、ごく質素な生活道具しかない閑散とした部屋。さっきの夢はなんだったんだろう。あのココという少女はいったい・・・。
頭が混乱していた。でも確信があった。ココは私に会いに来たのだ。私と那智が一緒にいる所を見ていなくても、何も知らなくても、あの子はあのわずかな時間で色んなことを察知して、多分それは言葉ではつながらない感情だっただろう、でもあの子なりに確かなものを感じて・・・。普通では考えられない壁を越えて私に会いに来たのだ。
おそらくもう一度・・・私は那智やココに会いに行くことになるのかもしれない。そんな予感に似た気持ちがした。