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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第24章・悶える鳥その12

 自宅に着いたのは夜だった。


 病院を飛び出し、たまたま誰かが降りたタクシーにそのまま乗り込み、顔を伏せたまま

「駅へ行ってください」

と言った。運転手は後ろの座席で顔を伏せたまま(正確にはハンカチで顔を覆っていたのだが)、目的地だけ言って黙りこくっている若い女を不審に思ったようだったが、黙って車を発進させた。実際ルームミラーからこちらの様子をうかがっているのが針を刺されているかのようにわかった。でもそんなことはどうでもよかった。どうでもよかった。

 駅に着き、電車の少なさに愕然としながらも(私が乗ってきた長距離列車は夜に発車予定で昼間は一本もなかった)、とにかく都会へ向かう電車に乗った。在来線の鈍行で約1時間くらい行くとやや大きな市街に着いた。そこから特急に乗り換え、さらにもう2度乗り換えて、私はやっと自分の馴染みの街に近づいた。

 電車を乗り継いでる間、私は何も食べず、水分さえ摂るのを忘れていた。気がつくと私は朝にあの田舎の駅員からもらったコーヒー以来何も口にしていなかった。身体がとても重くてだるかった。乗り継ぎの途中のプラットホームの自動販売機でミルクティーを買った。取り出し口からその缶の温かみを感じた瞬間、何度も緩んでは乾いた涙腺がまた緩んだ。

 文字通りハンカチが乾く間もなかった。とにかく現実を受け入れたくなかった。那智のすべてを受け入れられなかった。記憶喪失?奥さん?子供?何が何だかわからない。わかりたくない。

 

 「アナタハボクヲシッテルンデスカ?」

那智・・・・あなたにそんなことを言われるなんて。あなたの中に私の存在が全くなくなる日が来るなんて。今わかった。私は那智がいなくなってから本当に本当に淋しかったけれど、これ以上の孤独なんてないと思っていたけれど、心のどこかで思っていた。私が那智を想うように、那智も私を想ってくれているはずだと。何か事情があって私の前からいなくなってしまったけれど、私のことをきっと想わない筈はないと。そう思うことそのものが私の支えになってくれていたのだ。あれは本当の孤独ではなかったのだ・・・。

 重い足を引きずるように歩いてようやくアパートの自分の部屋に着いた時、私は放心状態だった。どこも見ていなかったし、何も聞こえなかったし、何かを考えるとか、思うとか、まったくなかった。全ての思考回路が止まっていた。私は昨日ここから着ていった服を脱ぐとそのままベッドにもぐりこんだ。眠くなんかない。でもどうすることもできなかった。ただ身体を丸めたかった。世界のすべてを遮断して小さくなりたかった。


 気がつくと私は夢の中にいた。夢の中で、私は夢の中にいるんだとはっきり自覚できた。強烈な香りが立ち込めていて、私は身をかがめていた。夢の中で目を覚ました私は「これは夢だ」と思いつつゆっくりと身を起こし自分を取り囲んだ景色を見渡した。そこにはたくさんの、やたら派手に色をつけた花々が咲き乱れて、それは遠く地平線まで続いていて、逆にあまりに現実味のない映像に「夢でしかない」と思うくらいだった。私の頬は、涙がつたっては乾き、またつたっては乾きを繰り返したためガチガチになったいた。

・・・・那智。

あの人の名前を思っただけで泣けてくる。夢の中でまで泣かなければならない。どこにいても、どこまで遠くへ逃げられたとしても、私はあの人から逃げることはできない。那智。私の那智。

「お姉さん、大丈夫?」

急に聞こえた声にびくっとする。あのココと呼ばれた少女が私を見降ろしている。

「また会ったね。」

「・・・・・。」

「お姉さん、あの時お父さんに会いに来たんでしょう?ココのお父さんに。」

これは夢だ。私は夢の中にいる。この花の匂い。自然の花の香りがこんなに強いはずない。色も何となく毒々しい。何かがおかしい。でもこれは夢だからそうなんだろうけど。でもこの子はなんなのだ?何故この子が私の夢にこんなふうに出てくるの?何かがおかしい。夢でもおかしい。

「お姉さん、ココがお姉さんの夢に出てきたからびっくりしてるんでしょう?」


 私は何も言えない。何一つ声を発することができない。

「あたしは紅心(ここ)。お姉さんに会いに来たの。」

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