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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第23章・悶える鳥その11

「花を摘むひと」を読んでくださっている全ての方へ。

 いつも目を通してくださりありがとうございます。連載小説としながら更新が滞ってしまいがちで、大変申し訳ありません。必ず完結まで書いていく所存でいますので、どうぞよろしくお願いいたします。 樹歩

 

 「あなたは僕を知ってるんですね。」

その一言の剣はまっすぐに私の胸と耳を撃った。

「アナタハボクヲシッテルンデスネ」・・・・私はひとしきりその言葉の木霊を頭の中で繰り返した。


 何か言わなければ。何でもいい。何か、次の言葉を。でも私の喉からは一言の声も発せなかった。喉の奥の方がぎゅうっと縮こまっていく感覚が私を支配した。

「あなたは誰ですか?」

那智の声が静かに病室に響く。その瞬間、私は遠い懐かしいあの日々に連れ去られそうになる。

「・・私・・私は・・。」

やっと絞り出す私の声が震えていた。



「・・大丈夫ですか?・・すみません、てっきり僕のことわかってると思って・・。」

彼の言ってる“僕のこと”は、記憶喪失の意味だった。

「仕事中に高い足場から落ちて頭を打ったようです。怪我自体は時間の問題のようですが、こっち(と言って頭を指差し)は全く見通しが立たないそうです。記憶が戻るのかどうかも。」

「・・・・。」

私は何も言えずにうなずいた。ぐるぐると何かが私の中でまわっていた。でもその中でもだんだん私は冷静になっていった。そして謝った。

「私こそすみません、怪我をしたとしか知らなかったものですから。あの、私は、あなたとちょっとした知り合いなだけなんです。」

「どんな?」

「いえ、あの、本当にちょっとした知り合いなだけなんです。・・・失礼します。」

「ちょっ・・」

 那智が何か言いかけたのも気づかないふりをして、私は一方的に病室をあとにした。何も考えられない混沌の意識のまま、ただ急いで外に出ようと思った。いや、ただ逃げたかった。この場から、この場所から一刻も早く遠くへ行きたかった。

 階段の方へ息をするのも忘れて足早に進んでいった時、突然激しい眩暈(めまい)が起こった。急速に意識が暗闇に堕ちてゆく感触。でも私はどこかで「ここで倒れてはいけない」と必死に私に言い聞かせる。駄目よ、こんな所で倒れちゃ。ああ気持ちが悪い。なんでこんな時に。ああ那智。せっかくここまで来て私は・・・・・・・。


「大丈夫ですか?」

誰かが声をかけている。誰に?私に?(もや)のかかった意識が一気に視界を明るくしてゆく。

「あの、看護師さん呼んできましょうか?」

どうやら階段を下ろうとしたところで私は半分しゃがみかけていたようだった。

「・・・いえ、大丈夫です、すみません。」

いいながら声の主の方を見ようと顔をあげると

「あ。さっきのお姉さんだ。」もうひとつの声がひびいた。

見ると病院の入口で会った女の子が立っていた。じっと私を見つめている。その瞳が私の中の記憶に言葉にならない何かを訴えている感覚がした。それが何かはまったくわからないけど。

「あ・・・。」

「ココ、知ってるの?」

彼女の隣には母親が立っている。私と自分の娘に交互に視線をまわした。

「さっき下の花壇の所で会ったの。ねえ?お姉さん。」

「そうだね。」私はやっとよろけた体勢を整えながら、その時と同じくらいの弱弱しい笑顔をして答えた。

「あの、大丈夫?具合悪そうだけど。」

「はい、大丈夫です。ちょっと眩暈がしただけで。」

「本当?顔色悪いみたいだけど・・・。」

「大丈夫です、もう帰るところですし。」

「どなたかのお見舞い?」

母親(かのじょ)の質問に曖昧な顔でいると

「ココはお父さんの所に行くの。」と少女が口をはさんだ。

「お父さん?」

「うん。ね、お母さん。」

見上げた娘の視線を今度は母親(かのじょ)が曖昧な笑みで受け取る。何か事情があるのだと感じる。


「ココのお父さん、ココのことわかんないんだって。」

「え?」

急に少女の口から出た言葉に身と心が凍る。冷たいものが背中をつたう。

「・・・主人、怪我をしたんですけど、ちょっと打ちどころが悪くて・・・。」

私の身体のあちこちに小爆発が起こる。

「キオクソウシツっていうんだって。ね、お母さん。」

少女が屈託なくその言葉を放った時、私はかつて那智が私との将来(さき)に何も言えなかった意味を悟った。そして先ほど少女の人を見る瞳に対して湧き起こったものが何なのかを確認した。それは懐かしさだった。


間違いない。この少女は那智の()。そしてこの女性が。


「すみません、変なこと聞かせてしまって。では。」

母親(かのじょ)がいたたまれないように娘の手を引き私を通り過ぎた。ココと呼ばれた少女は自分の言った言葉が周りをどういう状況にさせるかをもちろん理解できてなかった。でも言ってはいけないことを言ってしまったらしい、それは理解できる、という表情を浮かべ、流されるままに母親に手を引かれて歩きだした。

 最初はゆっくりと一段一段降りていった階段を、だんだん降りてゆくにしたがって足が速くなり、最後には走っていた。気がつくと私の頬はボロボロに濡れていた。何が何だかまったくわからなかった。


私の那智。でもあなたは私のあなたではなかった。

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