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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第2章・追憶その2

 彼と私が出会ったのは夜中のコンビニだった。今から6年前。まるで週刊の安っぽい漫画のような出会い方だ。しかもおでんの具が一つしかないのを譲り合ってがきっかけという陳腐さだった。


 寒い夜だった。もうあと3日で11月に入るくらいだったと思う。残業を同僚から押し付けられて渋々やった帰りだった。うんざりする残務をこなしながら、私はずっとおでんの大根のことを考えていた。温かいおでんの大根にからしをたっぷり乗せて食べたいと思いながらパソコンの画面とにらめっこをし、自分が一人部屋に帰ってから実際にその大根を食べながら缶チューハイを飲んでるところを想像した。

 会社から2つ目の駅で私は降りる。最初は自転車で通勤してたのだが、あることをきっかけに電車に変えた。空は深まる秋を象徴するような星空だった。駅の前のコンビニにいつものように入ってゆく。この時間に勤務している店員とは既に顔見知りになっていた。一人暮らしにも慣れた。母親と暮らしていた家から逃げるように出てきて2年以上がすぎている。

 缶チューハイを取りレジに向かう。おでんの湯気が私の胃を一気に締め上げる。と、そこへ一人の男性が半ば割り込むように私の前に入ってきた。ちょっとムッとしたけれど、まあ、仕方ないかと身を引いた。そんなことに腹を立てることもできないくらいクタクタだった。

「おでん。コンニャクと、卵と、はんぺんと・・・」

と声が聞こえる。なんだ、こいつもおでんか。そう思いながら私は彼の後ろに立っていた。もうひとつのレジから店員が「2番目にお待ちのお客様あ。」と声をかけてくれたが、それと同時に私はその店員におでんの方へ指をさして意思表示をした。顔見知りの店員は「なるほど」という顔でうなずいた。

「大根も。二つ入れて。」

「すみません、大根一つしかないんですが。」

え?

「じゃあ一つでいいや。」

えええ?

「ちょ、ちょっと待って。」

その会話を聞いた私は、思わず間に割り込んだ。

「あ、あの、大根私も欲しいんです。」

「は?」

彼は私の言っていることを一瞬理解できない顔をした。あわてて店員(こちらも顔見知り)が

「お客様、すみません、さっき大量に売れてしまって。今追加を入れたばかりなのでちょっとまだ売れないんです。」

と私をたしなめる。が、私はそれを無視して彼に言った。

「あの、お願いします。今日だけどうしても大根食べたいんです。その為に残業頑張ってきたんです。」

言いながら自分でも無茶を言ってると思った。私ってバカ?いつもはそんなこと絶対しない。だけど今夜だけはなんだかどうしても大根が食べたかった。でも彼は

「ん〜・・・悪いんだけど、俺も今までずっと外で頑張って働いてたわけ。おでんの大根を思い浮かべながら。」

「で、でも・・」

反論しようと思いつつもその一方で「外で頑張った」という言葉が引っかかった。私も頑張っていた時間、この人も頑張っていた。私は空調のある室内だけどこの人は外仕事なんだ・・・。

「だけど譲るよ。」

「え?」

「ここで女性の申し出を無視してたかが大根1個を奪うのはカッコ悪いし。いいよ、大根は君に譲ろう。」

そういうと彼は困った顔をしている店員の方へ顔を向けて「じゃああと・・・」と言葉をつなげた。それを聞いた途端、私は自分がとてつもなく恥ずかしくなってきた。イヤだ、大根なんて明日だって食べられるのに・・・。

「あの、すみません、大根、こちらの人に入れてください。私はいいので。」

またもや私は彼と店員の間に割り込んでそう言った。

「ご、ごめんなさい。失礼しました。」

私はそれだけ言い放ち、持ってた缶チューハイをあわてて冷蔵コーナーの棚に戻し、そのままコンビニから飛び出した。

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