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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第19章・悶える鳥その7


 終着駅に降りたのは私を含めて多分数人だったと思う。

 改札を出ると小さな待合室があった。誰もいない。私は一人、そこにあったベンチに腰をかけた。大きな石油ストーブが設置してあるが火はついていない。切符を客から(私からも)受け取った若い駅員が改札から戻ってきて、ベンチに座ってる客(私)がいるのに気づいてびっくりした顔をした。そして

「お客さん、誰か待ってますか?ストーブをつけましょうか?」

と声をかけてくれた。私は一瞬「大丈夫です。」と言う所だったけど、思い直して素直に言った。「スミマセン、お願いします。」


 ストーブの小窓から奥に炎が揺れていた。それを眺めていると何となく誰かに髪を撫でてもらっているような安心感が広がった。出口までちょっとだけ距離があったのでそんなに寒くはないが冷えているのは間違いない。外を見ようとすると窓ガラスが結露している。ここだけが暖かい。

 私が改札を出た時にも既にあの彼はいなかった。きっと誰かが迎えに来ていて急いで階段を駆け上がり、改札を抜けていったのではないか。そんな気がした。どうして私にあんなメモをくれたのだろう。私は他人から見てもそんなに怪しい女に見えるのだろうか?

 そうかもしれない。実際、今こうして那智のいる街にきたのにその実感もないし、那智に逢える期待よりも本当に那智に逢っていいのかどうかという不安の方が大きい。もし逢って、私という存在が彼にとってただ迷惑なだけだったらどうしよう。那智に、昔の恋人(かれ)に浴びせられたような視線を向けられたら。そんな目にあうくらいだったらこのまま引き返して思い出の中で暮らした方がいい・・・。那智を想える気持ちだけが私にとって自由だ。それだけは失いたくない。このまま那智に逢えないまま一生過ごすことになっても、那智に私自身を否定されるくらいなら、那智の心を知らないままに日々を消費していく方がいい。


 ふと列車の時刻表に眼が行く。午前の列車にはまだ2時間ある。それも在来線で、私が乗ってきた列車が引き返すのは今日の夕方だった。夕方出発して明日の朝終着駅に着く。都会の駅に。

 私の脳裏につい昨夜いた都会のホームの光景が浮かんだ。何も考えずに列車に乗ったことを。いや、昨日の今頃、私は自分のうちでまだ布団に包まれていた。もうすぐ朝が来ることを遠い記憶で予感しつつ、浅い眠りに漂っていたと思う。

このまま、引き返してしまおうか。

 そこへさっきストーブをつけてくれた若い駅員が近寄ってきた。

「寒いでしょう。よかったらコーヒーいかがですか?」

そう言ってくれた手にはすでに湯気の上がったコーヒーを持っていた。

「・・ありがとうございます。」

手を伸ばし、マグカップを受け取る。おそらくここの職員のものだろう、ふちに茶渋の跡がぼんやりついている。あたたかい。ゆっくりと口に運び、一口すする。途端に熱い液体が口いっぱいに広がり、喉を通り胃に入ってゆくまでわかる。駅員が私の隣に腰掛けた。この時間は何もすることがないのかもしれない。次にこの駅に列車が来るまで1時間近くある。それによく見ると彼は私が思うほど若くないようだった。私より上かもしれない。

「おいしい。」

「よかった。一人で飲むのは淋しいですから。」彼はちゃんと自分の分もコーヒーを持っていた。

ヒトリデノムノハサビシイデスカラ。

「こちらへは観光ですか?・・・観光できるようなとこじゃないですが。」

「・・・いえ。」

私の返事の仕方が素っ気なく聞こえたのだろう、彼はあわてて「ああすみません、立ち入ったことを伺いましたか。」と謝った。

「いえ、違うんです。・・・人を訪ねてきたんですが・・・このまま帰ろうかと。」

「・・・。」

彼は返事に戸惑ったようだった。それはそうだ。私は何を言い出すのだろう。バカ正直に。こんなことを全く関係のない人に言った所でどうしようもないのに。

「何か事情があるのでしょうね。」

彼は静かにそう言ってそのまま無言になり、ストーブの火を見つめていた。やがて小さい声で言った。

「でも夜行に乗ってまで来たのでしょう。私なら会います。」

ヤコウニノッテマデキタノデショウ。


 そうだ。何も考えずに仕事を辞めて夜行に飛び乗ってまで那智に逢いに来たのだ。このまま元の生活には戻れない。今さら、昨日には戻れないのだ。

「あの、最近この辺の小学校で事故があったと思うんですけど。」



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