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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第18章・悶える鳥その6

「花を摘むひと」をお読みくださったすべてのかたへ。

 

 こんにちは、樹歩です。いつも私のつたない小説をお読みくださり、本当にありがとうございます。思うように掲載ができなくて申し訳ありません。今回、私の諸事情の為書く時間がとれず、やや短めではありますが、第18章として更新させていただくことにしました。これからも頑張って書き続けたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございます。        H22.6.9 樹歩


 終着駅が近づくと車内にアナウンスが流れた。私は時計を見る。朝6時。やれやれ、この時間じゃどこにも動けない。それに思ったよりも寒い。列車の窓ガラスから冷気が入ってくるのがじんじんと伝わってくる。思えば、こんな寒い地域に来るのは生まれて初めてのことだ。

 考えても仕方ない。もうここまで来てしまったのだ。那智に逢いたい。その一心だけで来たのだ。それを思うとほんのわずかだけれど私の胸に温かい灯りがともる。この3年間私は本当に独りぼっちだった。文字どおり孤独だった。失われたものの大きさを理解できないほどの空虚がそこにあった。正直那智に逢うのが怖い気持ちもある。まず、私が那智に逢いに行くことで那智に迷惑をかけることになるのではないか。何か事情があるからこそ那智は黙って私の前から姿を消したのだ。私に言えない話。私が知ると都合の悪い話。でも私たちは3年も一緒にいたのだ。同棲こそしていなかったが限りなくそれに近い暮らしとつながりがあった。確かにあったのだ、まぼろしとか、夢とか、そういう曖昧なものじゃなくてそれは現実に私と那智の人生にあった事実のことなのだ。例え那智が一方的にそれを放棄したとしても、私にはせめてその理由を知る権利があるはずだ。どんなにつらい理由でも。納得できないことでも。

 私は棚から荷物を下ろし、行方のないため息をついて、また座席に腰を下ろした。

 那智。私の大事な那智。私のすべてだった、今でも私のすべてと言っていい人。ねえ那智。私はあの夜から誰にも抱かれていない。私の身体にはあなたの指以外触れられることはない。あなたを私の人生の一部にできるなんて思いあがった気持ちはなかった(と思う)けど、心だけは繋がっていると思っていたのに。那智。どうして私はこんな思いで見知らぬ土地にあなたを追いかけなくてはならないの?本当にこれでいいの?本当に私はあなたに逢いに行ってもいいの?

 私の想いが窓ガラスを吐息とともに曇らせる。泣きたい気分になる。それを遮るように列車が駅の構内に入った。田舎町の小さな駅。向こうには海があるのだろうか、ぼんやりと水辺に(もや)のかかった景色が見える。

「あんた。」

背後からの声にびくっとする。相手が誰だかわかっていても急に声をかけられるのはやぶさかでないとは言えない。

「は、はい?」

「これからどこ行くんだ?」

どうしてそんなこと訊くのだろう?「あの、友人に会いに・・・。」

「この町に?」私はうなずく。

「こんなに早く?」私は首を振る。バナナをくれたその人はちょっと呆気にとられた、要を得ないといった顔をしている。

「こんなに早く着くと思わなかったんで、ちょっと駅で時間つぶして、それから会いに行きます。」

でも彼は実際は私の返事を待つ間もなく一枚の紙切れを手に渡した。見るとそこには名前と携帯の電話番号が記してあった。

「これ・・・。」

「俺の。」

「?」

何が何やらわからず、腑に落ちない顔をしている私に彼は言った。

「あんたにはあんたの事情があるんだろう。楽しい旅ならいいんだが、昨日からのあんたを見てると悪いがそうは思えない。何か困ったら俺でよければ言ってくればいい。」

「・・・・。」

「俺にとっては故郷だ。選べるならほかの所が良かったが。」

そう言うと彼は荷物を持って列車を降りていった。私も荷物を持ってあとに続いていったが、もう彼はホームの階段の上の方へ行っていて、私が上がった時にはすでに見えなくなっていた。


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