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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第17章・悶える鳥その5ー名無しの男の邂逅ー


 ただ気になった、としか言えない。

 その女がこの夜行列車のホームに立っているのを見た時に嫌な感じがした。自分の中での古傷が疼きだしたのを俺ははっきりと感じた。

 年は25くらいだろうか。いや、もっと若いんじゃないか。もしかしたら20そこそこかもしれない。見た眼だけでは判断つかない。


 夜行列車の始発のホーム。そもそもそこに若い女がいるだけでも目立つ。しかもどうやら一人のようだ。自慢じゃないが俺の方は旅慣れている。というか、旅を日常とできないかと本気で思っているくらいの男だ。旅の為に働き、金がたまればそのまま何処かへ出る。国内も国外も行く。行く先は決まっていることもあるが決まらずにとりあえず出てしまうこともある。若い頃は国外ばかり眼が行って“地○の歩き方”を片手に外国ばかりに行ったけど、ここ2~3年は国内ばかりだ。だからというわけじゃないし自慢するつもりもないけれど、俺はいつの間にか眼にした旅行者がだいたい何の目的でどこへいくのか、旅行に慣れているのか慣れてないのかなどの見分けがつくようになっていた。たとえばサラリーマンの出張ならたいがいスーツ・ネクタイ。まあこれは普通の人なら分かると思うけど、女の人はどちらかというと仕事関係で出かけるよりは個人的な旅行の方が圧倒的に多い。荷物の数も男のそれと比べて多い。しかも大きいバッグひとつというのが少なくて、だいたいが2~3個。その大きさで何泊くらいなのかは推定できるし、バッグはだいたい新しい。来ている服装も「今日おろしたてです。」と一目でわかるような服だ。俺が思うに女性は同じ人(特に友人同士で独身なら)と旅行にいう場合、たいがいバッグを買いかえるようだ。俺は何度もホームやら旅先で「この日の為に新しいバッグ買ったの。うちにあったんだけどね。」「洋服も奮発しちゃった。だって旅行だしー。」「あたしもー。」という会話を耳にした。最初はそれを聞くたびに不思議でしょうがなかった。どうして滅多に使わない(だろう)ものを、ないならともかくあるのに買うのだろう?と。洋服はともかくとしても。でも聞き慣れると疑問は納得になった。女は、たいがいの世の中の女はそういうもんなんだ、そういう結論で納得した。納得した所で俺の人生とは何の関係もない。

 

 だが俺の個人的観察はどうでもいい。不自然なのは今そこにいる女だ。恰好を見ても旅行慣れしている感じじゃない。今の時期の秋田に行くには軽装だし、申し訳ないが洒落っ気にも気を使っていない。荷物を入れてるバッグも適当だ。大きくもない。あの中に厚手のコートが入っているとは思えない。どう見ても、何かを思いついて思いついたままにフラっと家を出てきました、という感じ。その感覚は俺にも多少理解できるが、少なくとも彼女は乗りたくて夜行列車に乗りに来た、という感じじゃない。ぼんやりと遠くを見つめるような(少なくとも俺にはそう見えた)眼は視線定まらずに思える。顔色も悪い。とにかく、どこをとってもどこからどこまでみても、不安定であてにならなかった。綱渡りしているとまでは言わないが、平行棒を片足で立っているような・・・そんな危うさがあった。


 俺はその日半年ぶりに故郷、秋田へ帰るところだった。帰ると言うよりは一旦戻ると言う方が正しい。まだ旅の途中だった。静岡の小さな漁村の小さな宿にしばらく留まっていた俺の所へ、今日義理の姉から電話があった。兄が仕事中に事故にあったと。小学校の補修工事中に足場が崩れ、兄は落ちたらしい。どれくらいの高さから落ちたのかわからないが、どうやら重傷のようだ。電話の向こうで義姉は混乱していた。俺はまず命に別条がないのかどうかを訊いた。どうやらそれは大丈夫なようだと義姉は答えた。俺は「それだけわかればいい。とにかく一度帰る。今すぐに宿を出る。」と言って電話を切った。宿のすぐ近くを東名高速が走っていたので宿代を払って高速バスに乗った。東京からも高速バスに乗ろうかと思ったが、今の時期はまだウインタースポーツをやる為の車がけっこういるし、バスに長時間揺られるより電車の方が好きだった。俺は義姉に電話し、再度急ぐ必要があるのか確かめた。義姉はさっきよりずっと落ち着いていた。

「さっきはごめんなさい。」と彼女は言った。

その「ごめんなさい」に色んな意味が含まれていることを俺はわかっていた。

「急がなくていいなら夜行列車に乗って帰ろうと思うんだ。着くのが明朝だけど。」

俺がそう言うと義姉は「それでかまわない。」と言った。そして電話を切った。

 それから俺は駅の地下にある食料品売り場で適当に食べ物を買い(基本的に俺は初めての場所じゃなければ駅弁は買わない)、この列車に乗るべくそのホームに立った。その女を眼にするまでは俺はほかのことを考えていた。考えても仕方ない過去のことを。でもその女を見て、そのなりが普通に見えないと思ってからはその女を注意深く見ることにした。古傷が疼きだすのと同時に。2度とあんな思いはしたくない。


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