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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第16章・悶える鳥その4


 寝ようと思っても、よくよく考えてみればこんなふうに夜行列車などに乗ったこと自体初めてだった。いや、私はここ数年30分以上電車に揺られることもない。うとうと、はできても、寝るまでは難しいようだった。

 どうせゆっくり寝ても寝なくても大きい差が出ることはないのだ。多分、ない。那智は・・・私が訪ねていくことを喜んでくれるだろうか。それとも迷惑なのだろうか。そもそも無事なのだろうか。意識不明の重体、とテレビのニュースは言っていた。「意識不明の重体」って、どれくらいの身体の状態のことなんだろう?

 でもその一方で、私は那智が死んでしまっていることは全く考えなかった。考えられないのではなく、考えの候補にならなかった。そんな前提はなかった。普通なら、たいがいの人が最悪の状況を想定するだろうしそれに基づいて行動するだろうけど、その時の私は全くそれは無関心だった。那智は生きている。それは当たり前、という言葉が不似合いなほど当然のことだった。自然だった。だから私はただ身体の状態だけを気にしていた。そして私が姿を現すことでの彼の反応を。もし、明らかに迷惑そうな顔をされたら・・私は他人のふりをすればいいのだろうか。それが私に可能だろうか?

 私は目を閉じながらそのことについてちょっと想像してみた。ベッドに横たわる那智のそばにいる自分を。そばに立ち「那智」と声をかける自分を。でもなんだか現実味がなかった。そうしているうちに線路の揺れがだんだん自分の身体の感覚と交差していくのがわかった。交差は少しずつ小さくなってやがて曖昧にひとつとなり、その波が私を眠りという泥の中へいざなっていった。



 その眠りから唐突に眼がさめる。窓を見ると夜の暗闇を一気に抜けたような陽がさしていた。ところどころにある雪にその光が反射してキラキラ光っている。

「あんた、起きた?」

座席の上から急に声が降ってきたのでドキッとした。見ると(見なくてもわかったのだが)あの彼だった。

「あ、はい。」

「大丈夫か?女の人に一晩中夜行列車はしんどいだろ。」

「だ、大丈夫です。」

「そうか?じゃあよかった。以前、乗ったはいいがずっと吐き続けている子がいてな、それ以来女の子がこの列車に乗ってるの見ると気になっちゃうんだ。」

・・・それなら女性が見えない車両に乗ればいいのに。

「なるべく女性のいない車両に乗るようにしてるんだけどね。」

・・!!この人、ひとが思ったことが読めるのか?

「私は大丈夫です。」

私がそう言うと彼はそれ以上は何も言わなかった。そして

「隣の車両に洗面所があるよ。」と言って自分の荷物のある座席の方へ歩いていった。


 悪い人には見えないけど変な人だなあ、と思いながら私は自分の荷物を下ろし、ボストンバッグから洗面用具とタオルを出した。ちらっとあの彼の方を見ると、彼も荷物を降ろしてなにやらやっていた。

 洗面所で顔を洗い、蒼白い自分の頬を眺める。こんな表情(かお)をしているのだもの、他人だって気にするはずだわ、と思った。おそらくまだ自分の年齢は世間一般的には若い方なんだろうけど、今の自分の顔を見てると疲れが出てしまっていてなんだか老けているような感じに見える。それでもちょっと手入れをし薄化粧を直したら、さっきよりはまともな自分の顔に戻った。私はあんまり化粧をする方じゃないが化粧そのものは好きだ。気が引き締まる。

 自分のいた車両へ戻り、また彼の方へ眼を向けると、彼はまたハードカバーの本を読んでいた。が、ふと顔を上げ、私と眼が合うと「よっ」という感じで手をあげた。びっくりしたが、私も会釈を返して座席に座った。変な人。


 時刻表を見るとあと1時間くらいで終点に着くのがわかった。私はぼんやりとまた外を眺めた。

「あんた。」

「はい?」

あんた、と呼ばれるだけで自分のことだとわかるのがつらい。でもこの車両にはたった二人しかいない。声の距離から、彼が自分のいる座席から私に声をかけているのだと思った。

「バナナ食うか?」

「バナナ?」

私が返事したかしないかで、もう彼はバナナを持ってこっちへと歩いてきた。

「はいよ。」

と、私の方へ投げる。あわてて受け取った。

「ナイスキャッチ。」

ニッコリ笑ってまた自分の座席に戻る。私の手にはバナナが1本。

「あ、ありがとうございます。」

多分相手の返事はどうでもよくて、とにかくバナナをあげたかったんだな、心配してくれてるんだな、と私は解釈した。見るとそのバナナには198円の値札が貼られていた。私は小さく吹きだした。と同時に彼の「あっ!」という叫びが聞こえた。

「俺、値札ついてるバナナあんたに渡しちゃった?」

なんだ、そんなことまで気にしてるんだこの人、そう思ったら今度はしっかりと吹き出して笑ってしまった。

くすくすと笑っている私を見て、その彼も笑った。誰かと一緒に笑うなんて、なんて久しぶりのことだろう。





 

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