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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第15章・悶える鳥その3


 肌寒くなって目が覚めた。いつのまにか寝てしまったようだ。窓を見ると一瞬トンネルの中かと思ったが、トンネルを通った時に聞くゴオーッという音がしないのでよく見ると、遠くにポツンポツンと明かりが見えていた。

 着の身着のままに来てしまったが、秋田県はおそらくまだ寒いのかもしれない。春が近い今の時期でも。私は座席の上の荷物の網棚から持ってきたボストンバッグを下ろし、中から念のために持ってきた携帯用のブランケットを出して膝の上にかけた。それから電車に乗る前に買ったおにぎりを食べ始めた。おにぎりは冷えていて、味が多分あるんだろうけど、よくわからなかった。ペットボトルのお茶もホットを買ったが、温かさを味わうことなく冷めてしまっていた。

 ふと、さっき声をかけてくれた男性の方へ眼をやる。彼はコートを頭からかぶって、身を小さくしていた。そして両足を前の座席に投げ出していた。それを見た瞬間、自分も足が重たくなってることに気が付いた。考えてみればもう数時間座りっぱなしで足を下ろしたままなのだ。

 私はきょろきょろと周りを見渡し、ほとんど人がいないことを確かめてから(わかっていたことだけど)そっと両足を靴から出して、前の座席に足を乗せた。足を乗せた分、膝の裏あたりがちょっと冷える感じもしたが、冬用のスラックスだったのと、わずかだが足元から暖房もでているのが幸いしてそんなにしんどくはなかった。

 おにぎりを食べながらも私はまたあの彼の方へ眼をやる。なにげなく。でも無遠慮な目で。特別な理由はない、ほかに視線が向く先がないからだ。それに・・・。私が職場や、生活で関わる(たとえばコンビニの店員とか)人以外の男性と口を聞くのなんて、那智がいなくなってからはなかったのではないか?私自身、今それに気が付いた。しかも話かけられるなんてことは皆無だ。自分はなんて閉鎖的な人生を送っているのだろう。那智がいなくなってからの自分は、那智と知り合う前の自分よりもさらに増して無気力になってしまっている。“ひっそり”という言葉があまりにピッタリしてしまう。ほとんど寄りつかないからわからないけど、あの男好きの母親よりも私の方が刺激も素っ気もない日々を暮らしているに違いない。おかげでお金だけは貯まったからこうして急なことにも身動きが取れたけど、でも私は別にその為に“ひっそり”暮らし、“こっそり”お金を貯めてたわけじゃないのだ。


 私はそこから自分のことを考えると本当に滅入ってしまいそうなので考えることをやめた。一度考え始めたことを頭から放り出すのは実はとても難しいことらしいが、私はそれに慣れている。慣れたのだ・・・もっと正確に言うと慣れるようにするしかなかったことの延長線で、結果的に慣れてしまった、というのが一番しっくりくる。

 那智がいなくなり、しばらくはそれを受け入れることができずにもがいて苦しい日々を送っていたが(文字通り涙も枯れ果てたし、どうしてこんなことになったのかを必死に考えるだけ考えた。答えなどないのに。)、それはやがて私に諦める術を取り上げ、ただ孤独という暗闇に放り出すことで落ち着いた。思考を止めることで、私はその孤独という果実を食べ続けることができたのだ・・・。

 目を閉じて、見知らぬ町の駅のホームに立つ自分を想像する。この列車を降りた後はどういけばいいのかわからない。事故のあった小学校はわかっているが、肝心の那智のいる病院はわからない。警察に行くことは避けたかった。警察は私にとっては正義の味方でも悪い人を捕まえる機関でもなくて、誰か国家権力に逆らう奴がいないかを見張り、逆らおうとする奴がいれば脅して縮こませようとする番犬の機関にしか思えないからだ。何故だかとにかく昔から警察というのが大嫌いだった。

 とりあえず小学校へ行ってみるしかないだろう。それか図書館があれば地元の新聞が見られるかもしれない。

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