第14章・悶える鳥その2
夜行の長距離列車は閑散としていた。さっきまでいたホームはごった返しの人だったのに。誰もこんな時間に電車で遠くへ行こうとは思わないのだろう。私だって最初は新幹線を考えたのだ。でも地図で調べた時にその町がかなりの僻地に感じたので、なるべくそこに近い駅を目的地にしようと思った。それに新幹線で向かったところで、仮にうまく病院までたどり着いたところで、今夜いきなり面会することはできないだろう。
普通に考えれば、明日の朝早く出発することだってできた。でももう一刻も一人で待ってるだけの空間にいたくなかった。だけど最短距離で突き進むには私に勇気が足りなかった。那智は私を置いていったのだ。何も語らず。そこには語るべき言葉がなかったのかもしれないし、あったとしても言い訳という出口のない言葉しかなかったのかもしれない。
正直、那智に会うのが怖い気持ちがあった。那智が私の前から姿を消して3年が過ぎようとしている。24だった私は27になり、28だった那智は今年で31になるはずだ。お互いの知らない空白の3年間が“何もなかった”3年間だとは思えない。那智は一人じゃないかもしれない。でもそれが私にはどうしても想像できなかった。那智が私じゃない誰かといることが。私が那智以外の人の隣にいることなど考えられないように。
「ちょっと、あんた。」
不意に声をかけられ、びくっとする。
「ちょっと。」
それが私に向けられた声かけだと理解するまでに時間がかかる、と同時にそれを否定したい気持ちが交差する。
「・・・私ですか?」
「そう、あんた。」
目の前にいるのは髪をチリチリにした茶髪のお兄さんだった。学生?でも胸ポケットから煙草が見えるからハタチは過ぎているのだろうか。
「な、なんでしょう。」
私の声は震え、“あんたなんか知らない”と言っていた。
「大丈夫か?」
「はい?」
「いや、俺向こう側に座ってるんだけど(といって彼は私から少し離れた対向側の席を指差した)、あんたの顔色が真っ白だからさ。なんか気分悪そうに見えたから。酷い顔してるよ。あ、そういう意味じゃなくて。酔ったんじゃないかと思って。」
「・・・。」
その言い方に疑う所はなかった。急に、見た目だけで判断した自分の浅はかさを恥じる気分になった。
「あ、大丈夫です。酔ってないです。ありがとうございます。」
「そお?じゃあいいけど・・・。失礼だけどどこまで行くの?」
「・・・終点まで。」
「じゃあ俺と一緒だ。何かあれば言いなよ。酔い止めとか、もってるから。」
そう言うと彼はどんどん自分の座ってた席の方へ戻って言った。そして大きなザックからとても厚いハードカバーの本を取り出し、肘をつきながら読み始めた。おそらくさっきまでそうしていたのだろう。確かにちょうど対角線上に私が見える距離だった。私からも彼がよく見える。
・・・私は何も見ていないんだな。そう思った。自分の頭にあるものでいっぱいいっぱいになって、周りのことなど何も見えていない。見ようともしていない。視野が狭い。あの若いお兄さんでも周りのことを見ようとして、実際見て、ぼんやりしている私に声をかけてくれたのだ。おそらく私にはそれさえ気づかないだろう。
この3年、ただ茫然と生きているだけだった自分が急に心細くなった。こんなんで、那智に会って大丈夫だろうか。私の那智だった那智じゃないかもしれないのに。窓ガラスに映る私は本当に頼りなげな顔をしている。どこにいても、何をしていても「これでいいの?本当にこれでいいの?」と、どこまでも自問自答して、答えの出ないまま彷徨っている小鳥のようだ。
「小鳥遊って読むんだよね。」
那智といったおでん屋が懐かしい。
小鳥が遊べる状況=鷹がいない=たかなし・・・。今の私はいっそ鷹がいたならさらってほしいくらいくらいだった。この孤独から私はいつ解き放たれるのだろうか。