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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第11章・追憶その11


 それからの約3年間。私と那智は一緒の時を過ごした。週の半分はどちらかの(たいがいは那智の)アパートで寝ていた。私が那智の所から仕事へ出かけることも次第に習慣化していった。何度か私は彼に同棲したいことをごく控えめに伝えたことがあった。でもそのたびに彼は聞こえないふりというか耳に入っていないというか、それよりは耳という器官はあるのだけれどもそれが機能停止している・・・というのがしっくりくるような様子を見せた。もちろんまともな返事もなかった。私はもちろん釈然とはしなかったけど、先に書いたように私には漠然とした不安、那智が私に何か決定的に言わないと決めていることがあるという感覚があった。そしておそらくそのことと、私と同棲をしたくないこととは関係があると思った。だから私はそれ以上には突っ込むことをしなかった。


 ・・・蜜月。ところどころにそういう当てにならない(ほころ)びがあっても、私は十分満たされていた。那智は私の那智だった。私は那智の私だった。私たちは普通の恋人の付き合いとはずいぶん違った閉鎖的な関係だったかもしれないけれど、でも私たちなりのささやかなお城があったのだ。3年間、特に遠くへ行った覚えもない。せいぜい電車で数個先の駅に行ってぶらぶらと散歩をしたりしたくらいだ。私たちは大きな市街より、小さな商店街の方を好んだ。日本と言う国が多分豊かになり、世界的経済大国と呼ばれるようになっても、都会と呼ばれる街の中をちょっと外れただけで、それこそ路地一本外れただけで、小さな看板で慎ましく商売をしているお店がまだこの国にはたくさんある。そこには「何があるの?」と覗きたくなるような好奇心を掻き立てられる雰囲気があって、でも言葉の要らないスーパーマーケットでの買い物に慣れていると、まずお店の扉を開けることから勇気が要る。ガラス越しに見えるものが異国の距離に感じる。でも私と那智はあえてそういうお店が並ぶ路地を歩くのが好きだった。もっとも私は那智とならどこでもよかったのかもしれない。今思えば那智がそういう所を好きだった、と言った方がしっくりくる。もしかしたら那智にとっては都会の重圧感が窮屈だったのかもしれない。秋田から都会にちょっと憧れて出てきたけどすぐに飽きたとも言ってたくらいだったから。でもその割には彼は秋田へ引き上げようとはしなかった。実は私はそれをいつ言われるかとひやひやしていた部分があったのだが。

 那智は俗に言う“盆・正月”には秋田へ帰っていた。でも一度も私を連れていこうとはしなかった。というか誘われなかった。帰省に誘われないことも私を不安にさせる材料ではあった。だけどとにかく私は沈黙を貫いた。何も言えなかった。私はただ彼の帰りを待つしかなかったし、でも彼は必ず帰ってきてくれた。帰ってくると彼はいつも少し太っていて、でも田舎の様子を多くは語らずに・・・そして私を静かに抱いた。何度も頭を撫でて、何度も自分の身に私をくっつけて抱きしめた。

 

 ・・・今はわかる。あれは、あの行為で那智は私に謝っていたのだ。あの手は、指は、私に「ごめん」と謝っていたのだ。でもその頃私はそれに気づくことなく、那智のぬくもりが私に戻ってきたことだけで喜びの一色だった。充分だった。そんなふうにして、私たちの3年間は過ぎていった。

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