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花を摘むひと  作者: 樹歩
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第10章・追憶その10

 那智が人付き合いを最低限しかしないことがわかってから、私は彼に対し親しさがより一層増していった。私自身、あまり人付き合いが得意な方じゃなかったからかもしれない。滅多に誰かと出かけることもなかった。男の人も知らなかった。でも那智だけは、もう私の中で家族くらいの存在だった。那智は男性だったけど、もし彼が女性であっても私は惹かれたんじゃないだろうか。とにかくすさまじいとしか言いようのない勢いで私は恋に落ちていった。

 那智は都会に出てきた経歴は話してくれたけど、ほかはあまり話したがらなかった。今思えば、私とそういう仲になってしまったから話したくなくなったのだろうし、話すわけにもいかなくなったのだろう。でも私はそんなことも気にならなかった。生まれて初めて本当の恋をしたのだ。見る空は青く、見る緑の葉はみずみずしく、夕焼けは自分の心のように紅かった。すべてが色鮮やかだった。それ以外に何を求めるのか。私は那智に会えることだけで満たされていた。彼を私に出会わせてくれたことを神様に感謝した。

 那智のアパートは私のアパートから自転車で20分くらいの距離だということが分かると、それからは二人で外に出ることも極端に減った。彼には自転車がなかったので、私がもっぱら彼にアパートに出向くようになった。買い物をし、食事の支度をして、彼の帰りを待つ。那智が帰ると作ったものをあたためて一緒に食べる。一緒にテレビを見て、一緒に眠る。

 今思えば、那智は内心どうしたものかと思っていたに違いない。出逢って数回で寝たのはともかく、相手は今時21にもなって処女、お互いの家がわかってからは当たり前のように家事をする・・・。私は一応、彼と約束した以外の日は彼のアパートに出向くことはしなかったが(そんなことをしたらそれはストーカーだ)、時々それをしたくなった。一人暮しなんだから急に私が行っても困ることはないと思った。でも職場で同僚から良く聞く男女の話から、男とは約束した以外はこちらの都合で動かない方がいいという教訓を得た。

「男ってさ、女と会ってない時は基本的に自分の自由な時間なわけよ。まあ女もそうだけど、その精神状態が女より比率が大きいのよね。だから大概の男は、別にやましいことがなくても突発的に女が自分の前に現れることを戸惑うんだよ。」

 私は男性との付き合いがなかったので、同僚の話をいづれ役立つ話と思って聞き流すように聞いていた。でも“男は基本的には自由でいたい”という印象が私の中に強く残った。那智と付き合い始めた時(今考えるとそれも曖昧だった。私たちは何の言葉のやり取りもなく、寝たことでスタートしたようなものだ)、私が一番恐れていたことは那智に嫌われることだけだった。

「那智だって一人でいたいことがあるはずだ。約束した日はちゃんと早く帰ってきてくれている。私の気持ちの押しつけだけはやめよう。」

私は自分にそう言い聞かせた。21で、処女で、初めての恋人で・・・。私は自分に自信がなかった。もしかしたら出逢ってすぐにも彼と寝ようと思ったのは、あのトラウマのせいかもしれない。でも那智の胸の中の居心地は私の想像以上にあたたかく、那智の腕枕はこれ以上ない安心感だった。その感触を、あのトラウマから得たものとは思いたくなかった。那智が私を身体から愛したとは思いたくないのもあった。

 その時、私は仕舞い込もうとしている、漠然とした不安を感じていた。

「那智は何か決定的なことを私に隠している。いや、隠している自覚はないかもしれない。ただ、私にあえて話していないことがある。そういうものの存在を感じる。」

でも私はその不安を、初めて得た恋愛を失いたくない気持ちから来る勝手な思い込みだと思った。思い込ませた。


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