第1章・追憶その1
「まぼろしの跡」を読んでくださった方、そして初めて私の小説に訪れてくださった方・・・本当にありがとうございます。こうしてまた新たに連載小説を始めることができました。メッセージや評価、質問などもぜひよろしくお願いします。お返事必ずいたします。樹歩
夜行列車はまるで行き先などもはや忘れてしまっているかのように暗い夜道をひた走る。線路の軋みで目を覚ました私はあちこちの身体の痛みをほぐす為にまず首をのばし、次に腕、手指、そして膝、足とゆっくりと全身を伸ばした。
まだ夜明けは来ない・・・。遠くにぼんやりと外灯が見えるが、それが何を照らしているかは車窓からは確認できない。
フー・・。ため息をつく。またつく。そのたびに思う。私はなにをしているのかと。何の為にこうして何時間も列車に揺られてまでそこへいくのか。何があるというのだ?誰も待っているわけじゃないのに。
そこへ行くのは今日が2度目だった。1度目は先月。正直逃げるように帰ってきた。目の前の現実を理解することができず、理解できるようになってもそれを否定して。こんなことなら何も知らないままでいた方がよかったと思った。それまで、何でもいい、どんなに小さい情報でもいいと思っていたのに。いざわかった時に自分が求めていた結果と違っているだろうことを、全く予想してなかったわけじゃなかった。でもこれだけ違ってしまうと、私が知っていたことと今回知ったこととどちらが先でどちらが真実だったかもわからなくなる。実際にわからない。そしてそれを今どんなに考えても確かめるすべさえない。
私はもう一度眠りにつこうとした。まだ朝まで間がある。・・・頭を預けられるところがあればいいのに。列車が大きく揺れるたびに首が左右に揺らされて、だいたいそれがもとで起きてしまう。今度は長距離バスにしようか。そんなことをふと思い、同時にまた自分は同じことをすることを決めているみたいだと思って、小さく口許だけ薄ら笑いを浮かべた。
この列車は本当にそこへ私を運んでいるのだろうか。なんだかこのまま闇に消えていってしまっても誰も気づかないんじゃなかろうか。きっと外から見るこの列車の車窓の灯りはまるでそこだけが「旅」で、傍から見れば非日常的な光景に見えるのだろうな・・・。私はそんなことを思いながら目を瞑り、今私が向かっている、誰も私を待っていない、誰も私を知らないその白い壁を思い描いた。
彼が私の前から忽然といなくなったのは、もう3年も前のことだった。ある日突然、そこに彼がいたことなどなかったかのようにその人はいなくなった。痕跡さえなかった。
私は彼がわざとそうしていなくなったことに最初気がつかなかった。何かの偶然が重なって(よく考えればそんな偶然は何もなかったのだけど)、たまたま連絡がつかないだけだと思っていた。そして何の手がかりもなく、阿呆のように電話を待っていた私だったが、さすがに3ヶ月を過ぎた頃には自分が捨てられたことを思うに至った。そして気がついた。これはあらかじめ決められてた別れだったのだと。少なくとも彼にとっては。だからだと思う。私はその人と丸1年近く付き合っていたのだが、彼の名前以外何も知らなかったのだ。彼の名前と小さなアパート。知っているのはそれだけだった。勤め先も、どこの出身かも知らなかった。彼は今どき携帯電話さえ持っていなかった。そうやって彼と私は別れて(正確には彼にとっては別れて。私はそれを認めていない)、月日だけがうやむやに流れた。だけど私にはどうしても信じられなかった。私がわざと捨てられたことを。彼にとって私がただのかりそめの存在だったことを。どうしても。
別に私は特別いい女じゃない。街を歩いていても振り返られることなどないし、びっくりするほど不細工とは思わないけれど(実際そんな人は滅多にいない)どちらかといえば目立たない方だ。でもだからといって簡単に騙される方だとも思わない。
いや私が言いたいことはそういうことじゃない。私と彼が過ごしたことを根拠に私は、私と彼がその時本当に一つだったと思っているから・・・だから私は彼が一方的に私の前から姿を消したことを「捨てられた」という表現にしたくないのだ。こんな状態になって再会しても。彼の中に私がいなくなってしまっていても。