第8話
「ううん……」
おいしそうな匂いで目が覚める、温かい布団から体を起こそうとするけどなかなか体が言う事を聞いてくれない。
「いたたたた……」
硬くなった身体を痛みに耐えながらゆっくりと起こして、寝かされていた部屋を見る。どうやら私は誰かに助けられたようだ。
部屋を見回して見る、石造りの壁、ベッドの他にはきれいに整頓された本棚、そして……。
「きゃあああああぁー!!!」
「なに!!どうしたの!?」
寝室から叫び声を聞いたリリルは寝室のドアを勢いよく開けた、すると昨日助けた女の子がベットの横でへたり込んでいた。
「あ、あれ!!」
女の子は怯えた表情で壁にかかっている物を指差す。
「ああ、これ?」
女の子はそれを指差したまま壊れた機械のようにこくこくと頷く。
「なんとかベアっていう熊の頭のはく製だよ、昔おばあちゃんが作ったんだって。」
リリルは壁にかかっている1メータくらいありそうな熊の頭の剥製をトントンとたたく。
「驚かせてごめんね、でもよかった、目が覚めて。」
そう言って床にへたり込んでいる女の子にかけよる。
「くっ!」
「くっ?」
「熊がそんなに大きい訳ないでしょうが!!」
「ひゃあ!」
急に大きな声を出したエルフの女の子に驚いてリリルは尻餅をついた。
「魔物よ魔物!毛皮が厚くて弓矢も剣も通らないし、魔法にも耐性があるとんでもない魔物よ!」
「うぅ……でも、でも、おばあちゃんは森を歩いてて熊さんに出会ったから、倒してきたって言ってたよ……。」
「あんたのおばあちゃんって何者よ、そんなのが出たら総出で山狩りだわ……。」
「へぇ~、おばあちゃんってやっぱりすごかったんだね。」
「あなた、これを倒せる凄さをぜんぜん分かってないわね……。」
リリルがのんびりした口調で倒した人に感心するのを見て、エルフの女の子は呆れたように言った。
「ねえねえ、それよりもお腹すいてない?朝ごはん出来てるんだよ!」
「朝ごはん?」
「うん!」
「あと、これ、合いそうな大きさの服、持ってきたの!私のじゃちょっと小さいから、おばあちゃんのだけど着てみてよ!」
そうして、エルフの女の子は言われるがままに、いかにもご年配の方が着るようなだぶだぶの服を着せられて手を引かれ、寝室を出た。
「えっとね、今日は角うさぎのシチューと黒パンなんだけど……」
店舗兼キッチンにある小さな二人がけのテーブルには、いい匂いのするシチューの入った大きめのお皿と、ぼちぼちの大きさの黒パンがそれぞれの前に置いてあった。リリルは強引に女の子を小さな椅子に座らせて自分は反対側の椅子に座った。
「……」
女の子は食べ物を見て、自分がずいぶん空腹な事に気がつく。そして、無言で机の上に置いてある固そうなパンに手を伸ばそうとした。
「あ、待って!」
そう言われて伸ばそうとした手を慌てて引っ込める。
「えっと、食べる前には「いただきます!」って!」
「イタダキマス?」
「そう、いただきます!」
そう言ってリリルは両手を合わせる。
「イタダキマス……」
なんだかよくわからないけど女の子もリリルに習って両手を合わせて言葉を発する。
「じゃあ、一緒にたべよう!」
そう言ってリリルは黒パンをちぎってシチューにひたして一口目を食べた。
「……」
「黒パンは固いから、シチューにつけて食べたほうがおいしいよ。」
「……」
言われたとおり女の子は黒パンをシチューにひたして一口食べる。
「おいしい……」
自然と言葉が漏れた、空腹のせいもあったかもしれないが、目がさめてから初めて食べた食事は女の子が今まで食べたどの食事よりもおいしい気がした。
「ほんと!よかったぁ~」
「……」
ぱっと笑顔になったリリルを見て女の子は頬を紅くして俯いた。それでも彼女の食事の手が止まる事はなかった。
「ごちそうさまでした!」
「…ゴチソウサマデシタ」
いつのまにか二人の前のお皿は空になっていた。リリルにならって女の子も手を合わせて小さく声を出す。
「ねぇ、私、リリルって言うの!」
「そう……」
「ねぇ、あなたの名前は?」
「……メルセデスよ!」
きらきらと期待に満ちた目で見られていたエルフの女の子は耐えられずに答えた。
「へぇ~、じゃあメルちゃんって呼んでいい?」
「誰がメルちゃんよ!」
「ひゃあ!」
急に立ち上がったメルセデスに驚いてリリルは椅子の上で小さくなる。
「一応聞いておくけど、あなたってハーフエルフとかじゃなくて人間よね?」
メルセデスは最初にリリルを見て、その整った見た目と銀色の髪からエルフの血が混じってるのかと考えた。しかし、よく見ると耳も尖っていないようだし、銀の髪はエルフ族ではハイエルフしか持たない色だ。要するにこの子は人間の可能性が高い、と結論付けた。
「うん!」
『くっ、人間ごときがこの私をあだ名で呼ぶなんて!』
だが、メルセデスも助けてもらって食事まで作ってもらった手前、そんな事を言えるはずもなかった。小さくなっているリリルを見てすとんと椅子に座りなおす。
「……もう、いいわよ、メルちゃんで!!」
そして不機嫌そうにそっぽを向く。どうせすぐに出ていくのだ、そう考えた彼女はリリルに好きに呼ばせることにした。
「えへへ、やったぁ!」
「くっ……」
「ねえ、メルちゃん!」
「なによ……」
「メルちゃんって、エルフだよね!?」
「……そうよ!」
「やっぱり!」
リリルは
「ねえ、エルフって魔法がすっごく上手いんだよね!?」
「ええ」
「エルフってすっごく狩りが上手いんだよね!?」
「そうよ!」
「それから、それから……」
リリルの質問にメルセデスはそっぽっを向いて投げやりに答える。
◆ ◆ ◆ ◆
「エルフってとっても大きい木の中に住んでるんだよね。」
「……世界樹の中に住んでるのはほんの一部のエルフだけよ、大抵は家を建てたり世界樹からもらった枝を育ててそこに住んでるわ。」
「へぇ~、そうなんだ、エルフの町かぁ行ってみたいなぁ……」
「無理ね、世界樹のある森は強力な認識阻害の魔法がかかってるのよ、普通の人間じゃまず見つけられないわ。」
色々と質問され、根負けしたのかメルセデスはぽつぽつと質問に答えることになった。
「認識障害の魔法、授業で聞いたことはあるけど、先生はとっても難しい魔法だって言ってたような……」
「当たり前よ、それこそ千年以上も前からエルフが英知を結集して維持して来たんだから簡単なはずないでしょ!」
「でも、学校で魔法は勉強してるから、いつか行ってみたいなぁ……」
「……行けるといいわね。」
人間の、それも並の魔術師ではその地域にすら行くことができない。その上、こんな間の抜けた少女ではきっと無理だろう。でもそれを言うのは何か違う気がしてメルセデスはお茶を濁す。
「ねえ、メルちゃんはどうしてあんな所で倒れてたの?」
「ぐっ……」
一瞬メルセデスは苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
『い、言えない、魚を釣ろうとして川に落ちたなんて……』
「それより今私がどこにいるのか知りたいわ、地図はないの?」
メルセデスは強引に話を逸らそうとする。
「うん、持ってくるね!」
リリルは奥の倉庫から古びた地図を持ってくる。
「えっと、町の名前がコストゥーラだから……この町かなぁ?」
「……あなた、自分の町の場所もはっきりわからないの?」
自信なさそうに地図を指差すリリルをジト目で見つめる。
「だっ、だって、町の中でしか生活しないんだもん……」
「そう、でも町の名前が同じだから間違いはないわよね。ねえあなた、この街で吸血鬼の噂があったりしない?」
「吸血鬼!!」
「なに、そんなに驚く事?」
「だって、吸血鬼って魔族だよ!」
「あら、人間と知能の高い魔族は共存してるって聞いたわよ。」
「すっごく昔の話だよ!二百年くらい前に人間と魔族で大きな戦争があって、それから別々に暮らすようになったって!学校で習ったよ!」
「へっ?嘘!?」
メルセデスは間抜けな声を出した。
「それに、町では魔族どころか魔物も見かけたこともないよ!」
「はぁ、ここも外れかぁ……、でも予言の日はだいたい今日よね、このあたりで間違いないと思ったんだけどなぁ。」
「予言?」
「エルフの里から100日間、西南西に歩いた町に吸血鬼が暮らしてて、そいつを頼れって予言よ。私が里を出て今日がだいたい100日目のはずだから、この町で間違いないと思ったんだけど。」
「ずいぶん具体的な予言だね……。」
「う、うるさいわね、エルフの巫女の予言だから間違いないはずなの、それに1日2日は誤差の範囲内よ。この町の近くに他の町はないの?」
「他の町?聞いた事ないけど……」
二人は地図を眺める。
「うわ、一番近くの町まで歩いて5日はかかりそうね……」
メルセデスはコストゥーラの町から一番近い町を指差して言った。
「ねえ、じゃあメルちゃんはこの町で人を探すの?」
何となく話の流れからそうなるかな、と思ったリリルはメルセデスに尋ねた。
「……そうね、予言の町はここの可能性が高いし、調べる限り吸血鬼の見た目は人間とほぼ同じらしいから町を探してみるわ。」
「じゃあ、私も手伝うよ!」
「はあ?」
「私、冒険者なんだ!メルちゃんが依頼人で、私が依頼を引き受けるの!」
「あんたが冒険者ねぇ、大丈夫?」
「人探しくらい出来るよ!」
疑わしそうな目で見るメルセデスにリリルは失礼な、と口を尖らせる。
「ねぇ、吸血鬼の特徴って何かあるの?」
「そうねえ、私が調べた限りだとにんにくが苦手だとか、太陽の光に当たったら灰になるとか、銀に触れないとか、八重歯が長いとか、かしら?そうそう、こんな感じに。」
メルセデスはそう言ってリリルの口から覗いている小さな八重歯に手を伸ばす。
「ひゃあ、やめてよぉ!」
伸びてくる手を何とか避けようと椅子の上で身体をよじる。
「あんた、吸血鬼じゃないでしょうね……。」
「ち、違うよぉ、にんにくは苦手だけど人間だよぉ!」
「冗談よ、あんたからは魔族の魔力を感じないし……。」
「ひどいよ、吸血鬼だなんて!」
リリルは口を尖らせてメルセデスに抗議する。学校の授業で吸血鬼の悪事は聞いている。
「でも、この町の事を知らないから案内くらいはお願いするわ。」
「ほんと、やったぁ!」
リリルは冒険者として初めての直接依頼に大喜びした、まったくの非公式ではあるが。
「じゃあさっさと出発するわよ、案内して!」
メルセデスは話は決まったと椅子から立ちあがった。
「待って!!」
「なによ、何かあるの!?」
一刻も早く人を探したいメルセデスはついほんの少し強い口調で言ってしまう、その声にびくりと身体を震わせたリリルは、申し訳なさそうに目を泳がせて話し始める。
「じ、じつは……。」
要するに昨日の門をこっそり通ってしまったことだ。
「つまり、私がこのまま町に出ると下手をすれば捕まっちゃう訳ね…。」
「うん、ごめんなさい!」
「はぁ、しょうがない、いったんエルフの里に戻ってまた来ることにするわ。」
「帰るって、どうやって!?」
「持ってきた道具に転移魔法の道具があるのよ、道具の片割れは里に置いてきたからすぐに帰ることができるわ。」
「へぇ~、よくわからないけど凄いなぁ。」
「私が持ってた物はどこに置いてあるの?」
「えっと、メルちゃんが寝てた部屋のかごに洗ってまとめて入れてあるよ。」
「そう、ありがと」
メルセデスはそう言って寝室に歩いていった。
「ない!ないないない!」
しばらくしてメルセデスは血相を変えて戻ってきた。
「あなた、これぐらいの大きさの水晶玉知らない?」
「メルちゃんが持ってた荷物はあれで全部だけど……。」
「ないのよ!エルフの里にいつでも帰れる転移の道具が!」
「ええっ!」
「どうしよう、これじゃあ帰れないわ……」
「わぁ、あわあわ……。」




