第7話
「どうする?」
珍しくジルがリリルに意見を求める。
「どうするって言われても、連れて帰るしかないよ!」
「そ、そうだよな、こんな所に置いてはいけないし……。」
ジルもリリルもめったに見る事のできないエルフを見てとまどい気味だ。
「エルフは亜人っていう種族分けになるから簡単には門を通れないんだよ、何とかして通れる方法を考えるぞ!」
「う、うん!」
門はすぐそこ、ここからなんとか人一人を門番に見つからないように町の中に運ばないといけない。
しばらく二人は考え込む。
「ねぇ、何か思いついた?」
「いいや、そっちは何か思いついたのか?」
「えっと、ジルがこの子を背負って荷物ですって言って門を通ればいいんだよ!」
「………」
ジルは無言でリリルの頭をぽかりとたたいた。
「いたっ!」
「真面目に考えろよ、そんなことしたら一発で見つかるだろ。」
「真面目に考えてるよぉ~」
リリルは叩かれた場所をさすりながら涙目で訴える。
そんな時、町の方から大きな鐘の音が5回鳴り響いた。
「やばい、もうすぐ門が閉められちまう!」
5の鐘が鳴ったということは間もなく日没になる。そうなると城の門は閉められそれ以降は入門チェックが更に厳しくなってしまう。
「しょうがない、それしかないか一か八かだ!」
ジルは手持ちのバックから昼寝に使った毛布を取り出しエルフの子が外から見えないようにした。
「いいか、いまからこれを今日採取した薬草と思うんだ!」
布をかぶった手作りの担架を指差してジルは言った。
「えっ?」
「荷物としてこっそり運び込むんだよ、いいか、これはエルフなんかじゃなくて今日採ってきた薬草や材木だ!」
ジルは頭に?マークを浮かべているリリルに言った。
「いいか、これは荷物だ。」
「これは荷物?」
「そうだ!」
「うん、わかった、これは荷物!」
「よし、行くぞ!」
そう言って二人は再び担架を持って町の門に急いだ。
「止まれ!」
門に近づいて来たところで鎧を身に付けた門番が声を出す。出た時の門番とは交代したようだ。
「どうも、お疲れさまです!」
「おっ、おつかれさまです!」
少年少女に挨拶をされた門番は一瞬頬を緩めるがすぐに厳しい顔に戻った。
「町に入る前に身分証を見せてもらおうか。」
「「はい!」」
二人は担架を降ろして首にかけてあったギルドカードを門番に見せる。
「よし、じゃあ次は荷物を見せてもらおうか。」
「あ、あの、困ります!」
荷物を検めようとした門番をリリルが止める。
「何だね君は、何か見られたらマズイものでもあるのかね?」
「あ、あの、えっと……。」
「すいません、見られちゃマズイって訳じゃないんですが、ちょっと困るんですよ。」
おどおどしているリリルにジルが割って入った。
「どうしてだね。」
「コイツが採ってきた素材が太陽の光に当たると品質が落ちるらしいんですよ。」
「そういうことか、でも全く見ないって訳にもいかんからな。」
「すいません、この中にも今日採集したものが入ってるんで、この荷物もこれと同じようなものです。」
ジルはそう言って手元のバックの中身を門番に見せる。その中には草やら木の根っこやらが沢山つまっていた。
「わかった、通ってよし。」
子供相手にすっかり油断した門番は、バックの中身を見て疑いもせずに通門の許可を出した。
「ありがとう、おじさん。」
「あの、ありがとうございます。」
二人は門番に軽くあいさつすると荷物を持って足早に門の中へ行った。
「はっ、はぁ、緊張したよ~!」
「何とかなったな、それより急ぐぞ!」
「い、急ぐってどこに?」
「お前の家だよ、一応薬屋なんだろ?」
「もう、一応じゃないよ、一応じゃ!」
◆ ◆ ◆ ◆
「ただいま!」
「おじゃまします!」
お店の門を蹴破るような勢いで二人は店に入り奥の部屋に急ぐ。
「こっちに!」
二人は担架からエルフの子を慎重にベッドに移しかえる。
「ジル、お湯を沸かしてきて!」
「わかった!」
ジルは寝室を出るとやかん型の魔道具に水を入れて近くに転がっている魔石をセットする。
「ええっと、まず泥を何とかしないと!」
リリルは泥だらけの服をまず脱がした。そして清潔な布で体を拭いていく。泥だらけでわかりにくかったけど、どうやらこの子は女の子のようだ。
「お湯沸いたぞ!」
どたどたとお湯をわかせる魔道具を持ってジルが寝室のドアを開ける。
「ありがと、あともっと布を持って来て、奥の倉庫にたくさん置いてあるから!」
「お、おう!」
ジルはまたどたどたと部屋を出て行った。
持ってきてくれたお湯を使ってリリルは女の子にべったりついた泥を落としはじめる。
泥を落として初めてわかったことだが、肌にはひどい火傷のような跡が体全体に広がっていた。おそらくスライムに食べられた跡だろう。
「どうしよう……」
リリルはおばあさんに教えられたことを思い出す。
大きな傷口をそのまま放っておくと、そこから悪いものが入ってきてどんな元気な若者でも下手をすると死ぬことがある。それを防ぐためには……
「おい、リリル、布を持ってきたぞ!」
「ありがとう、もっともっとお湯を沸かしてきてよ!」
「わかった。」
薬を作る時に使う清潔な布を使って泥を落としていく。特に火傷のようにただれている所は念入りに洗っていく。
泥を落とし終え、リリルはいつもギルドに納品している赤色の回復薬を商品棚から持ってくる。だが、これだけ大きなけが人に自分が作った回復薬を使うのは初めてだった。
「お願いします、神様、どうか効いて下さい。」
祈るような気持ちで爛れた部分に回復薬をかけていく、すると爛れていた肌がみるみるうちに治っていった。
「やった、治ってくよぉ。」
体のただれが消えていき、はじめは苦しそうだった呼吸も時間とともに穏やかになり、今では規則正しい寝息を立てるまでになった。
「はぁ、よかったよぉ・・・。」
「助かったのか?」
部屋の扉の向こう側からジルの声が聞こえる。泥を落としていく過程で女の子だと分かり、それからジルは部屋の外で聞き耳をたて、手伝いが必要ならすぐに中に入れるよう待っていた。
「うん、スライムにたべられてたところは薬で治すことができたみたい。」
「へえ、さすが薬屋の娘だな。」
「えへへぇ~」
褒められてリリルは照れ笑いをする。
「でも、これからどうする?」
「とりあえず今日は様子を見てみる。あと、目が覚めたところで毒消しのお薬を飲ませるつもりだよ。」
「そっか、。」
ジルは少し寝ている女の子の様子を確認していそいそと自分の荷物を持ってきたバックに詰め始めた。
「えっ!ジル、どこか行っちゃうの!?」
「帰るんだよ、さっき7の鐘が鳴ったろ。」
言われて外を見てみると、もう日が落ちて町は真っ暗になっていた。
「この様子なら大丈夫だな、明日また来るから何かあったらウチに呼びに来てくれよ。」
「・・・うん」
残念そうに答えるリリル、その空気にほんの少し後ろめたさを感じたのか、ジルは荷物を詰め終わったバックをひっつかんで足早に玄関に急ぐ。
「じゃあな!」
がちゃん、とお店の扉が閉まる音がして、ふいに部屋が静かになった気がした。
「はぁ、もうくたくただよぉ。」
一息ついて一気に疲れが出たのか、リリルはベッドのすぐそばにある小さな椅子に腰掛けて今日あった事を思い出す。
いつも休日は作り置きの薬を作るだけだが、今日は今までに経験した事がない珍しい事がたくさん起こった。初めて町の外に出て森に入り、魔物を倒して、スライムに食べられそうになっている女の子を助けた。門番の目を盗んでこっそり女の子を家まで運んだり、怖いこともあったけど、どれも今までにない新鮮なできごとだった。
「冒険者って、大変だね……」
静かに寝息を立てている女の子の顔を見ながら呟いた。
「うぅん……」
「わぁ!!大丈夫!?」
ほんの少し苦しそうな声を聞いたリリルは慌てて女の子の顔を覗き込んだ。女の子はうっすらと目を開け、焦点の合わない目でリリルを見る、そして小さな口を開いて消え入りそうな声を出す。
「あなたは……?」
「あっ、えっと、リリルって言います。」
初めて声をかけられてたためか、緊張してずいぶんかしこまった返事をしてしまう。
「リリル…?」
「うん、川の近くて倒れてたから連れてきたの、そうだ、これを飲んで、元気になるためのお薬だよ。」
リリルは女の子が飲みやすいように、やかんを小さくしたような形の道具を使って薬を飲ませる。
女の子は何の抵抗もせずにこくこくと喉を鳴らして薬を飲む。
「あとはゆっくり眠って元気になろ。」
そう言うと薬を飲み終えた女の子の頭を優しくなでた。それに安心したのか、女の子は再び目を閉じて小さな寝息を立て始める。それを確認すると、リリルは部屋をそろそろと音を立てないように慎重に出ていった。
「どうしよう……。」
女の子も大丈夫なことがわかって少し冷静になったリリルは途方に暮れる。勢いとはいえ勝手に町の外の人を町に入れてしまったのだ。考えてみると門番の人に正直に話した方がよかったかもしれない。女の子が大きな怪我をしていなかったからリリルの家でも大丈夫だっただけなのだから。
それに、女の子が悪い子とは思えないけど、不審者を町に入れたのが見つかると何か罰を受けるかもしれない。
「困ったなぁ、明日ミーナさんに相談してみよう……」
「それよりも、あの子、きっとお腹が減ってるはずだよね!」
リリルは女の子が目が覚めた時に備えて、少しの街頭と家々から漏れる明かりだけになった暗い町に出かけて行く。
彼女は気づいていなかった。エルフの女の子に使った薬が最低限の効果しか持たないはずの赤色回復薬の効果をはるかに上回っていた事を。