第6話
一方、一人で森に入ったリリルは家から持ってきた手のひらサイズの図鑑を片手に歩いていた。
「えっと、マンドラゴラ……川や池の近くのじめじめした所に生える……抜く時は……耳栓をわすれずに……。」
「ふんふん、根っこの色が赤、青、黄色、紫、白、緑の6種類がいる……」
「う~ん、どれが必要なんだろう?」
6種類あると知って首をかしげる。
「うん、でも考えてもしかたないよね、とにかく探さないと!」
それから近場のじめじめした所、茂みの奥や岩陰をおっかなびっくり探し始める。
しばらく茂みを掻き分けていると、ぼたりと何かが落ちてくる音が背後から聞こえてきた。。
「ひゃあ、な、なに!?」
おそるおそる後ろを見てみると、緑色のぬめぬめしたものが木の枝に引っかかってうごめいている。
そして、緑色のぬめぬめした物はリリルの視線に気付いたのか、地面にどさりと落ちてきた。
「ま、魔物なの!?た、倒さないと!」
リリルは震える手で木の棒を構える。一方、緑色のぬめぬめしたもの、スライムはゆっくりとリリルのほうに向かってくる。
「えい!えい!」
形を変えながら近づいてくるスライムを木の棒で叩く、だがスライムはそんなのお構いなしにリリルに迫る。
「もう、こっちに来ないでよ!・・・わぁ!」
「痛たたたた……。」
距離を保とうと、後ろにさがりながらスライムを叩いていたリリルだったが、木の根っこに足を引っ掛けて尻餅をついてしまう、その隙にスライムはリリルの左足を捕らえた。
「う…あぅ……」
ねっとりとした気持悪い感触が左足から伝わる、必死に右足で蹴るが全く離れてくれない、なんとか逃げようとするが、今度は蹴ったほうの右足もスライムに絡みつかれてしまった。
「もう、離れてよ!」
何とか逃げようともがくけれどスライムはお構いなしにリリルの体をのぼってくる、太ももからいよいよ臀部まで登ってきたスライムの感触に鳥肌がたつ。
「助けてー!」
スライムの感触にリリルは半泣きで助けを求める。
「リリル!」
「ジ、ジル!?助けて!」
「ちょっとジッとしてろよ、すぐに助けるから。」
「リリル、核が見えないからマント取るぞ。」
「えぇ、か、核?」
状況がつかめていないリリルをよそにジルはリリルのローブに手を伸ばし、めくる。
「ひゃあ!」
「動くな!」
ジルは真剣な顔でスライムの核を探す、そして片手に持っていた短剣でスライムの中にある黒い核を取り出した、するとさっきまで動き回っていたスライムは嘘のように動きを止めた。
「ほら、もう大丈……。」
もう大丈夫と言おうとして固まる、不可抗力とはいえローブを盛大にめくってしまったからだ。分厚いローブの下は体が熱くなりすぎないために薄着をしている。それがスライムの体液でじっとりと塗れていて思春期の少年にはほんの少し刺激的な光景になっていた 。
「うぅ……ありがとう……。」
「ご、ごめん!」
「……?」
ジルは一言いうとリリルに背を向ける、ジルの耳はゆでだこのように真っ赤になっていた。そして、なぜジルが謝るのかわからないリリルは首を傾げる。
「な、なんでもない、それより目的のものは見つかったか?」
「ううん、まだなんだけど……もうちょっと探してみるね。」
「あ、あぁ、それよりスライムにやられて気持悪くないか?」
ジルにそう言われてリリルは改めて自分の姿を確認する、着ているマントだけでなく、その下に着ている服までスライムの体液でぐしゃぐしゃになっていって、とても気持ち悪い。
「…やっぱり先に洗ってくる…気持ち悪い……。」
「そ、そうだな、休憩所に戻って洗うか、それが終わったら今度は一緒に探してやるから!」
服やマントについたスライムの体液の感触に半泣きになりながらリリルは立ち上がる。そして川の近くの休憩所に戻った。
「ジ、ジル、……あんまり遠くに行かないでね……。」
休憩所についたリリルが不安そうにジルを見て言う。
「わ、わかってるよ、俺はその木の後ろで座ってるからさっさと洗ってこいよ。」
「う、うん絶対そこにいてよね!」
リリルは真剣な表情でジルに釘を刺して着ている大なローブを脱ぐ。一方ジルは急にマントを脱ぎ始めたリリルを見て慌てて見ないように木の陰に隠れた。
そうしてしばらく水音がぱしゃぱしゃとリリルが体を洗う水音があたりに響く。
「ジル…、いる?」
「ああ、いるぞ。」
「あの、さっきは…ありがと……。」
「え、何て?」
ほんの少し勇気を出して言った言葉はジルには聞こえなかったようだ。
「あの、助けてくれて…ありがと……。」
「ああ、いいってことよ!」
「……」
それからまたぱしゃぱしゃという水音だけが二人のあいだに響く。
一方のリリルは川辺でマントをさっと洗って服を着たまま川に入っていった。ジルが覗くとは思わないけど外で服を全部脱ぐのは恥ずかしい。
川の水は思ったよりも冷たくて思わす身震いをしてしまう。
胸のあたりまで水につかったところで、今度は自分の体と服についたスライムの体液を落とす。洗うたびに体についたスライムの体液が肌の表面を流れる感じがして少し気持わるい。
「はぁ……。」
リリルは手を動かしながらため息をつく、弱い魔物しかいないとは聞いていたけど、子供でも倒せると聞いていたスライムに負けそうになってしまった。もしジルと一緒に来ていなかったらどうなっていたんだろうか。
助かって安心したからか、さっきスライムに襲われた時の恐怖がよみがえってくる。
「甘かったな…私……。」
頬から一滴の雫が水面に落ちる。
「向いてなのかな、冒険者なんて……。」
「魔力だって、上手く使えないし。」
その小さな声は水の音に溶けていく。リリルは魔法学校に通ってはいたけど同級生のみんなが出来るような初級魔法すら上手く使えなかった。検査で魔力があるのは確認されていたが、どの属性の魔法もさっぱりで、これには学校の先生も首をかしげるばかりだった。
「うぅっ……。」
目にはいつの間にか涙があふれていた。それに気付いたリリルは慌てて顔を川の水につける。
「ダメダメ、もっとがんばらないと!」
川の水から顔を上げたリリルはばしばしと自分の頬を両手でたたく。
「働かざる者食うべからずだもん、それに……」
「おばあちゃんが帰ってくるまでお店を守るんだから!」
リリルは赤くなった両目をがしがしとこすって川から上る。先に洗ったマントをぎゅっとしぼると水がぼたぼたと落ちた。服は濡れてしまったけど、脱ぐ訳にはいかないので出来る範囲で水を切ってあとは冷たいのを我慢する。
何とかそれらの作業を終えてふとあたりを見回すと茂みの中に緑色の何かがもぞもぞと動いているのが見えた。
「ジ、ジル!来て、来て!」
「なんだよ…ってまたスライムか。」
木の陰から顔を出したジルは気だるそうに緑色のスライムを見る。
「いい機会だから自分で倒してみな、俺はここで見ててやるからさ。」
そう言ってジルは木の棒をリリルの足元に放り投げた。
「で、でも……。」
「いいか、スライムは核さえ潰せれば倒せる、よく見て核だけを狙うんだ。冒険者なんだからスライムぐらい倒せないとやってけないぞ。」
「う、うん、わかった、やってみる!」
決心して足元にある木の棒を拾う。
さっきの恐怖を思い出して身震いしてしまう。その恐怖を押し殺して、足音を立てないようにゆっくりとスライムに近づく。
スライムはこっちに気が付いてないようで、さっき襲われた時のようにどろどろになっておらず、透明な球形になっていてまん中に握りこぶしくらいの黒い玉が見えた。きっとあれがジルが言っていた核なんだろう。
しっかりと狙いを定めて黒い玉に向かって棒を振り下ろす。
棒の先に黒い塊が当たる確かな手ごたえがあった。
するとスライムはベシャッという音と一緒にどろどろに溶けていった、棒でつんつんしてみても全く動かない。
「た、倒した?」
「やったな、餌を食ってる途中のスライムだったけど。」
ジルが後ろで声をかけてくる。
「餌?」
「スライムは餌を食べる時は球形になって獲物の上に乗ってゆっくり溶かしながら食べるのさ、その時が一番倒しやすいんだ。スライムの下に動物の死体みたいな餌になるような物があるはずだぜ、運がよければ魔石が手に入るかもな。」
「うん、探してみるね!」
ジルに教えられてさっきまでいた場所を手に持っている棒で探ってみる。
「……ねぇ、ジル?」
「なんだ?」
「人間ってスライムに食べられることって、ある?」
「あるよ、森の中で気絶したりしたらそれこそスライムのいい餌だぞ」
「……じゃあ……この子……死んでるのかな……」
スライムの下にいたのは泥だらけだけでよくわからないけど、よく見ると自分たちより少し大人な人間のようだった。
「はっ、はあ!?」
ジルが慌てて駆け寄って来て倒れている子を抱き起こす。
「息はしてる、大丈夫だ、生きてる!」
「おい、大丈夫か、おい!」
ジルが何度か呼びかける。
「う…ん……」
「おい、大丈夫か?」
うっすらと目をひらいたその子は唇を動かす。
「こ……ここは?」
「コストゥーラの町外れの森だ、何があった?」
「コストゥーラ?」
「そうだ、大丈夫か?」
「……」
その子は糸が切れた人形みたいにぐったりしてしまった。
「大変だ!!リリル、帰るぞ!」
「えぇ!この子を置いてくの!?」
「ばか、連れて帰るんだよ!」
ジルは立ち上がって鉈で素早く手近で丈夫そうな枝を2本切り出した。
「リリル、ちょっとローブ貸してくれ!」
「えぇ、何に使うの!?」
「担架を作るんだよ、俺一人じゃ町まで運べないだろ!」
それからジルは自分の上着とリリルのローブ、そしてさっき切り出した木の枝を使って簡単な担架を作り始めた。
「これに乗せて町まで運ぶんだ、ほら、そっちを持てよ!」
「わかった!」
そうして二人は倒れていた子を担架に乗せて町へ急いだ。
◆ ◆ ◆ ◆
倒れていた人を担架に乗せて来た道を走る、しばらくすると森を抜けて町の外壁が見えて来た。
「ふう、ここまで来ればあと少しだ、少し休んでいこうぜ。」
森を出たところでジルは担架をおろして水筒を取り出した。
「はぁ、はぁ、そ、そうだね…、ここまで来れば……。」
リリルも荒くなった息を整えながら座る。
「でも、この子…どうしてあんな所で倒れてたんだろう……?」
「さあな、帰って目を覚ましたら聞いてみようぜ。」
「うん…そうだね……。」
「ほら、水だ、飲めよ。」
「わわっ!」
ジルが渡そうとした水筒をリリルは取り落としてしまう、そして水筒の水が担架に乗っている子の顔に盛大にかかった。
「ばっか、何やってんだ!」
「ごめんなさい!」
起こしてしまったのではないかと、恐る恐る水がかかってしまった子を伺う。
「よかった、起きなかったみたいだ。」
「……ねぇ、ジル、この、子耳がとがってない?」
「そんな訳ねえよ、耳がとがってるのはエルフ族だけだぞ、そんなのがこんな所に……。」
リリルに言われたジルも、改めて見てみる。
「ほ、ほんとだ、この子ってもしかして……」
「「エルフかも!!」」
二人の声が重なった。
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