第5話
「おい、もうすぐ外だぞ。」
「う、うん!」
ジルの後についてリリルは門の外に出る。
「わぁ……」
門の外に出たリリルは思わず声を漏らした。コストゥーラの町は周囲より少し小高い盆地の上にあり、なおかつ高い城壁に囲まれている。そのせいで町の中にいる人は町の外がどんな風になっているのかを見るには外に出るか城壁より高いところに登るかの二つの手段しかない、つまり町の中で普通に生活していると、外の景色を見る機会はほぼないのだ。
リリルにとっては城壁越しでない風景を見るのは始めての事で、外の風景を見て興奮を隠しきれなかった。
「すっごい、すっごいよ!ジル!」
「そんなにはしゃぐ事でもないだろ。」
「だって、だって、外がこんなになってるなんて知らなかったんだもん!」
リリルは遠くに見える山々や、はるか彼方まで広がる平原、生い茂る森を見て興奮気味に話す。
「はぁ?お前、そんなんで外に出ようとしてたのか……。」
「うぅ、それは言わないで……」
リリルは顔を赤くして恥ずかしそうにうつむいた。
「でも、ジルってすごいんだね!」
「何が?」
「Eランクの冒険者って、私よりもいっこランクが上だよ!」
「ふん、Eランクなんて誰でもなれるよ。」
尊敬の眼差しで見られ、ジルは目を逸らして素っ気無く答える。
「そっかな、私なんて頑張ってるけどFランクだよ!」
リリルは自分の真っ白なギルドカードを見せる。
「リリル、ギルドカードもらってからどれくらい経つ?」
「えっと……3ヶ月くらいかな……」
突然聞かれたリリルは小さな指を一つ二つと折って数える。
「俺は2年前だ、俺の方が早いんだから俺が上で当然だろ。」
「ジルって2年の前から冒険者だったんだ、知らなかったよ!」
「冒険者なんて自慢するような仕事でもないからな、言わなかっただけだ。」
リリルにきらきらした目で見られ、何だか恥ずかしくてジルはまたそっぽを向いた。
「それに、冒険者はみんな言ってるけど、Cランクまでなら誰でもなれる、そっからが大変なんだよ。」
「そうなんだ、私なんかDランクでも、難しそうだよ。」
「まあ、俺みたいな三男坊は家を継ぐ訳にもいかないし、冒険者か兵士になって名をあげるしか出世の道はないからな。これから頑張ってランクを上げてすっごい冒険者になってやるんだ!」
「すごいなぁ、ねえ、もしすっごい冒険者になってどこか遠くにいくことがあったら一緒に連れてってよ!」
「はぁ?」
「私、学校で習ったんだ!この町よりももっともっと大きい王都っていう町や川をずっとたどって行くと海っていう大きい川があって、それにね、冷たくて白い雪っていう雨が降るところもあるんだって!」
少し興奮気味に話すリリル。
「お前なあ、学校で習わなくても、そんなの誰でも知ってるぜ、魔…バアサンは教えてくれなかったのか?」
「おばあちゃんは薬の作り方は教えてくれたんだけど……、外の世界は自分の目で確かめろって言って教えてくれなかったんだ。」
「そっか、バアサンらしい気もするな、でも遠くに出るのはリリルがもっと大人になってからだな。」
「そんな、私そんなに子供じゃないよ!」
リリルは唇を尖らせて抗議する。
「じゃあ、Fランクの冒険者の基準とルールは?」
「登録したての……未成年……」
リリルの声は尻すぼみになっていった、冒険者で未成年と明確に記載されているのはFランクだけ、一方で未成年でもある程度の依頼をこなすとEランクになれる。
「ほらな。」
しゅんとなったリリルを見てジルは悪戯そうに言った。
「でも、自分でご飯だって作れるしお洗濯だって出来るよ。それにジルと違って一国一城の主だよ!」
「お前の大人の基準って何だよ……。」
ジルはあきれたようにつぶやく。それにリリルはまた抗議をするといったふうに、2人で話しているうちに目的地の森の入り口についた。
「ここがいつも木材を調達しに来てる森だ、こっからは弱いけど魔物が出るから気をつけろよ。」
「う、うん!」
リリルは手に持っている木の棒をぎゅっとにぎりしめて、ジルの言葉に返事をした。
「じゃあ行くぞ、今日は親父もいないから目的の物を見つけたらとっとと帰るんだぞ。」
「うん、わかった!」
リリルがうなずいたのを確認してジルは森に続く道に入っていく、森の入り口は人が木を伐採した跡があるためか、日の光が差し込んでおり、それほど暗くはなっていない。
「……」
「……」
「ひゃぁ!」
二人が森の中を歩いていると、突然茂みの方からガサリという音がしてリリルは声をあげる。
「ジル、何か動いたよ!」
「ああ、どうせホーンラビットか何かだろ、あいつらはよっぽどの事がない限り襲ってこないから大丈夫だ。」
「さっきも言ったろ、この辺りは子供でも倒せる弱いやつらしかいないぜ、何ならスライムでも倒してみるか?」
「へっ?魔物を倒すの?私が?」
リリルは狐につままれたような顔をした。
「当たり前だろ、冒険者なんだから魔物の1匹でも倒せなきゃ話にならないぜ。」
「……わかった、やってみる!」
リリルはほんの少し考えるような素振りをして、真剣な目でジルに返事をした。今まで魔物なんかにはほとんど縁がない生活をしていたリリルにとってはある意味一大決心だった。
『でも、ジルの言ったとおり冒険者なら魔物の一匹や二匹倒せないとだめだよね……』
リリルはギルドの依頼掲示板の様子を思い出す。
掲示板には魔物の討伐依頼がたくさんあった。それに高額依頼の多くが強そうな魔物から素材や魔石を回収する、といった内容のものだった。そして、ギルドは依頼のあるなしに関わらず常時魔物から取れた素材の買取を行っている。
そう考えると、冒険者なら魔物をやっつけられたほうが当然お金は手に入るしランクだって早くあげられるはずなのだ。
「まあ機会があったらな、で、探し物は?」
「えっと、マンドラゴラっていう植物の根っこなんだけど、ジルは聞いたことある?」
「ああ、親父には叫ばれたらやっかいだから近づくなって言われてるヤツか、それならあちの川の近くにたくさん生えてるよ。」
「ほんと、やったぁ!」
森に入って早くも目的の材料が手に入りそうな予感にリリルは喜んだ、そんなリリルの様子を見てジルは眉をひそめる。
「あんなの何に使うんだよ、採るのは危ないし不味くて食べ物にもなんないじゃん。」
「えっとね、それを材料にして依頼のお薬を作るんだ、冒険者らしいでしょ!」
リリルは胸を張って答える。
「……まあそうかもな。」
ジルは嬉しそうに胸を張るリリルに投げやりに返事をする。過去の経験からジルはリリルがギルドに薬を卸している事が信じられなかった。
「でも、どんな薬か知らないけど笑いが止まらなくなるやつとか髪が抜けるやつはやめてくれよ。」
「そんなの作らないもん!」
リリルは唇をとがらせて抗議する。それからしばらく歩くと、森の中で少し開けた川が流れる広場に出た。
「時々使ってる休憩所だ、マンドラゴラならこの辺にたくさん生えてるから気をつけろって前に親父が言ってた。」
「うん、わかった、探してみるね!」
リリルはそう言って持って来ていたリュックから図鑑を取り出してめくり始める。
「じゃあ俺は見つかるまで昼寝してるから、何かあったら呼んでくれ。」
「ええ!一緒に探してくれないの?」
「何でそこまでやんないといけないんだよ、俺だって帰ったら自分の仕事があるんだから休んだっていいだろ。」
「それは……そうだけど……。」
リリルは小さな声で呟いた。
「あんまり遠くに行くんじゃないぞ、あとこの川は渡るなよ。」
ジルは広場の前を流れる川を指差したあと、バックから取り出してきた敷物を敷いて昼寝の準備を始めた。
「もー!ジルの手伝いがなくたって大丈夫だもん、たくさん採って驚かせてやるんだから!」
「おう、頑張れ。」
ジルは横になったまま片手をひらひらと振って答えた。
「もう!」
そんなジルの態度にリリルは頬を膨らませる。そして意地になったリリルは一人で川辺をに採集に行った。
「行ったか……。」
「しょうがねえじゃん、魔力がねぇんだから……。」
薄目でリリルが離れて行くのを見ながらジルは呟いた。
リリルが言っていたマンドラゴラという植物は確かに珍しい植物ではない。だが珍しくないと採集できるかどうかは別問題なのだ。魔力のない人間が何の対策もなしに引っこ抜いてタイミング悪く叫ばれたりしたら死ぬ事はないにしても気絶してしまうかもしれない。
森の中で気絶してしまうと命に関わるのだ。だから魔力のない人間は極力マンドラゴラには近づかないようにしている。
魔力のない人間でも耳栓をするなど対策をしていれば手伝えないこともないのだけれど、下手に手伝ってもしもリリルにかっこ悪い所を見られたら困る、とっても困る。
手伝いたい気持もあるが、年下の女の子にかっこ悪い姿は見せたくない、男心は複雑なのだ。
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