第4話
次の日は学校はお休み、少し早めのお昼ご飯を食べてリリルはさっそく行動を始めた。外に出るのに必要そうな物を小さなバックに詰め、最初は武器の調達、行先は大工の親方の所だ。
「こんにちは!」
「おう、リリルちゃんか、そっちから来るなんて珍しいな、どうしたんだい?」
日焼けした坊主頭の筋骨隆々な大男が店の奥から出てくる。この大工の親方もよく弟子を使ってリリルのお店に打ち身や傷に効く薬を買いに来るのだ。
「あの、親方さん、これくらいの長さの固い木の棒ってありますか?」
「あるにはるが、……そんな物どうするんだ?」
「えっと、あの……」
急に厳しい表情になった親方に驚いてリリルは上手く言葉を返せない、目が明後日の方向に泳いでしまう。
「まさか、町の外に行こうなんて考えてないか?」
「ち、違います、外に出るために武器の練習をしようと思って!!」
思っていた事を簡単に言い当てられたリリルはあわあわと言い訳をする。
「つまり、外に出ようとしていたのは否定しないんだな?」
「はい……。」
消え入りそうな声で答える、優しいけど顔の怖い大工の親方に凄まれて隠し事ができるほどの度胸は持ってなかった。
「まったく危なっかしいな、ちょっと待ってろ。おい!ジル、ちょっと来い!!」
親方は工房の奥へ向かって大声を出す、すると奥から男の子が出てきた。
「親父、なんだってんだよ!」
「馬鹿野朗!店では親方と呼べ!」
「へいへい、親方、なんだよ。」
ジルと呼ばれた少年は不機嫌そうに返事をする。そして店先に来ているリリルの姿を見て驚いた。
「げっ、リリル!」
「ジル、仕事だ、リリルちゃんが町の外に出たいそうだ、案内してやってくれ。」
「ええ、なんで俺が!」
「馬鹿野郎!近所の女の子が困ってたら助けてやるのが男だろうが!」
親方は大きな声で怒鳴る。
「……わかったよ!」
「あの、そこまでご迷惑をかける訳には……」
ジルの乗り気でない様子を見たリリルは目の前で勝手に進んでいく話しを何とか止めようとするが……。
「オイ、ちょっと裏に来い。」
親父はジルの首根っこを掴んで奥に連れて行く。
ジルはリリルが苦手な訳ではない、ただ昔リリルに飲まされた薬である種のトラウマを植えつけられてしまったため、ついこういう態度になってしまうのだ。
「おい、いいか、あの歳であんなに働き者の子はなかなか見つからんぞ、ウチで一番歳が近い三男坊に生まれた事に感謝してしっかり面倒を見てやれ!」
「はあ!?」
「ウチの子供は男しかいねえ、お父さんはなあ、お父さんはなあ、あんな娘に薬を渡されて、『今日も頑張ってパパ』って呼ばれたいんだよ、わかるか!」
「………」
目が点になったジルを後目に親方は続ける。
「なのにお前らときたら持ってくるのは蛇やカエル、挙句の果てにはスライムだ!いたずらばかり覚えやがって、ちっとはリリルちゃんを見習って仕事を覚えやがれ!お父さんは悲しいぞ!」
(仕事場では親方って呼ぶんじゃねえのかよ!)
ジルは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「俺に娘が出来るかどうかはお前に掛かってると言ってもいい、頼む!」
ジルの父親はジルの前で両手を合わせる。ジルは父親の様子を見てもう自分が何を言っても無駄だと、しぶしぶ頷いた。
「ちぇっ……また変な薬飲まされなきゃいいけど……。」
言う事だけ言って仕事場に戻って行く親方を後目に、ジルは倉庫に置いてある装備を取りに行った。材木屋は木材を調達するため近くの森に行く事もある。門をくぐって町の外に出るのは同世代の年齢の子供に比べれば慣れているのだ。
◆ ◆ ◆ ◆
それから、遠慮するリリルを親方が説得して、ジルとリリルの二人は一番近い門を目指して歩き始めた。
「で、どうしたんだ?外に行きたいなんて。」
「ギルドの依頼を受けたんだけど、依頼されたお薬の材料が手に入らなくって…。」
「お前なぁ、ちゃんと考えて依頼を受けろよ、冒険者の常識だぞ。」
「うん…ごめんなさい……。」
「俺に謝ってもしょうがないだろ…。」
しょんぼりして謝るリリルにそんな言葉しか返せない自分にもどかしさを感じるジル、でもどうすればいいのかわからずに二人の間には気まずい空気が流れる。
「見えたぞ、あれだ。」
そうこうしているうちに二人は目的地に到着する。町を囲むように作られた石作りの壁には、東、南、北、西のそれぞれに門が作られている。ジルがよく使うのは家から一番近い北側の門だ。北側の門は森には近いが街道からは遠いため、4つの門の中でいちばんこじんまりとしている。
「ほら、通るぞ、カードを出せよ。」
「えっ!?う、うん!!」
リリルは言われるがままにごそごそとローブのポケットからギルドカードを取り出す。一方ジルは首にかけたカード入れをシャツの中から取り出す。
「これを門番に見せて通るんだよ。」
そう言って戸惑うリリルを後に門の方へ歩いていく。門には二人の兵士が立っていた。
「お、材木屋ん所の倅じゃねえか、どうした、今日も木の調達か?」
「違うよ、今日は…ちょっと外に用事があるんで……。」
口ひげを生やした気のよさそうな門番に声をかけられ、ジルは歯切れ悪く答える。よく仕事でこの門を通るジルは一応は門番に顔を知られているのだ。
いつもと違うジルの答え方にほんの少し困惑気味の兵士はジルの背中に隠れるようにしているリリルに目線を移してニヤリと笑った。
「へぇ、じゃあ後ろの嬢ちゃんとデートかい?」
「ちっ、違うよ!コイツの頼みで外に採集に行くんだよ!」
つい大きな声を出してしまったジルを兵士はニヤニヤと見る、ジルはほんの少し顔が赤くなっていた。
「ほら、リリル行くぞ!」
リリルの手を取って足早に門をくぐろうとしたジルの前に門番が立ちはだかる。
「おっと、ギルドカードの提示は確実にな。」
「ちぇっ、いつもは仕事しない癖に。」
ジルは不満そうに口を尖らせて門番に緑色のカードを見せる、リリルもジルに習ってFランクの白色のギルドカードを兵士に見せる。
「はい、行ってよし。」
「あの、ありがとうございます。」
ふいにお礼を言われた兵士は目を丸くした、そしてしばらくしてリリルの頭を帽子の上からポンポンと叩く。
「はっはっ!礼儀正しい冒険者さんだ、気をつけてな。弱いとは言っても魔物は出てくるからな。」
「はい!気をつけます!」
リリルは緊張気味に答える。魔物のことはギルドの本で少し勉強した程度で本物をまだ見た事がない。子供でも倒せるほど弱い魔物しかいないらしい事はわかったけど、やっぱりほんの少し怖いのだ。
「いざとなったらこの坊主を魔物の餌にして逃げるんだな。」
「おっさん、冗談になってねえよ!!」
「はっはっはっ、悪かった、坊主も気を付けてな。日が暮れるのは5の鐘あたりだからそれまでに帰ってこいよ。」
これ以上ここにいるともっとからかわれそうだと思ったジルはさっとリリルの服の袖を掴んで門のほうへ早足で歩き出した。そんな二人を門番の二人は温かい眼差しで見送った。
「はぁ、いいなぁ、あのボウズあんな子と知り合いだったなんて、オレにもあんな子がいれば人生もっと楽しかったんですけど……」
若い兵士がため息をついて言った。
「なんだ、知らないのか、あの子は魔女バアサンの娘だ、北町界隈では結構有名だぞ。」
「魔女バアさんの娘!?本当ですか!!」
「ああ、本当だ、本当の娘かどうかは分からんがな。」
「そりゃそうっすよ、あんな年寄りにあんな若い娘がいるわけありませんよ、どこかの貴族様の子供を攫ったんじゃないんですか?」
冗談半分に若い兵士が言う。
「いや、案外ありえる話しかもしれんぞ、何たってあの子は魔力持ちらしいからな。」
「へえ、じゃあやっぱりその線ですかね。」
「でも、そんなの俺たちには関係ないことだよ。触らぬ神に祟りなしだ、下手に嗅ぎまわったりしてみろ、魔女バアサンに実験台にされるか鍋で煮られちまうぞ。」
「魔女バアサンって死んだんじゃないんですか?」
「あのバアサンが死ぬと思うか、死体もギルドカードも見つかってないのに?」
リリルの祖母は数年前に行方不明になり、それからまったく消息が掴めなかったため一応は死んだという事になっている。
だがその事を信じている人間は近所にはあまりいない。
「怖いこと言わないでくださいよ、でも魔女バアサンの関係者に手をだしたりしたら実験台にされてもおかしくありませんね……。」
「だろ?」
「はい。」
「だからこの話はこれで終わりだ。」
「そうっすね…。」
面倒事には手を出さない、それが兵士として長生きする秘訣、そう思い余計な考えを振り払って二人は元の門番の仕事に戻った。
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5万字程度は書き溜めているので、もうしばらく頑張れそうです。