第42話
「……。」
「ちょっ……。」
「あんた、……。」
(誰だろう、気持ちよく眠ってるのに……。)
「あんた、起きなさい!」
大きな声と同時に頭をぐるぐる揺さぶられ、ようやく目覚める。
「ふあぁぁ〜〜ぁ、ふぁあっ、メルちゃ〜ん?おはよ〜〜。」
リリルは大きな欠伸をしながら、体を伸ばす。ここ最近では一番よく寝群れた気がして、すごくいい目覚めだったようだ。
「おはようじゃないわよ、あなた、どうしてここで寝てるのよ!?」
「わぁっ!?」
大声で言われてから、きょろきょろと辺りを見回してみると、見慣れた熊の剥製が目に入り、ようやく、おばあちゃんの部屋で寝てしまったことに気がついた。
そこで、ようやく昨日やらかしたのを思い出し、顔を赤くしてしまう。
「あのっ、怖い夢を見ちゃって、それで……。」
リリルはシーツを顔の半分まで被り、消え入りそうな声で言う。やらかしてしまった事は当然秘密にしたいし、嘘は言っていない。メルセデスには知られていないようだけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「はあ!?」
「だから…、怖い夢を見ちゃって、寝てるメルちゃんを見てると安心できて、それで……。」
「……はぁ、ほんとお子ちゃまね。」
「うぅ……。」
起こされた時の驚きと、少しの怒りもシーツを頭から被ってしまったリリルを見て、しゅぽんと縮んでしまった。
「それで、体調は良くなったの?」
「体調、体調……。」
リリルは腕や腰を回して体の様子を確認する。そして、昨日とは比べ物にならないくらい体調が良くなっていることに気づいた。
「う〜ん、なんだか体が入れ替わったみたい。頭もふらふらしないし、今日から頑張れそうだよ!」
確かに、顔色も昨日の青白さに比べるまでもなく赤みが戻っていて、たたっとベッドから降りる。足取りも昨日に比べて軽そうだ。
「そう、よかったわね。じゃあ今日はどうするの?」
「うん、いい加減に学校に行かないと!それと、ミアちゃんとアラン様にもお礼を言っておかないと!」
体の前で拳骨を握って気合いを入れる。魔法学校で落第は聞いたことがなかったが、休み続けるのはあまりよくない。それに、助けてもらった人にお礼も言いたかった。
ごそごそと準備を始め、相変わらず柔らかくならない朝食の黒パンをもそもそ食べて学校に出かけて行った。
「まったく、ほんとに困った子ね。」
出かけていったリリルを見送った後、メルセデスはほんのり赤くなった首筋を撫でる。要するに、今朝は噛まれて起こされたのだが……。
◆ ◆ ◆ ◆
「ミアちゃん、おはよっ!!」
久しぶりに会えて嬉しくなったリリルは、元気にミアに挨拶をするが、ミアはどこか遠くを見ていて、挨拶には気づいていないようだった。
「ミアちゃん、ミアちゃーん?」
「わっ、リリルちゃん!?」
反応のないミアの視線の先でちょこまかと動いてみて、ようやくミアはリリルに気がついたようで、驚いた声を上げる。
「ミアちゃん、おはよっ、助けにきてくれてありがと、メルちゃんに聞いたんだ!」
「う、うん……。」
嬉しそうに話すリリルを見て、どうしても目をあわせられないミア
「ミアちゃん、どうしたの?大丈夫?」
浮かない顔をしているミアを見て、余計心配になったリリルは続けてミアに話しかける。
「だ、大丈夫だから、心配しないで。」
「う~ん、でも、何かあったら言ってね。ミアちゃんが助けてくれたみたいに、私も頑張るから!」
「うん、わかってるから、今日は放っておいて……。」
任せてと胸をはるリリルをみていられなくなって、つい俯いてしまう。
(こんなこと、言えないよ……。)
自分が悩んでいる理由なんて話せるわけがないのだが、そんなミアを本気で心配してくれていることが、ミアを余計に辛くしてしまう。
それに、リリルが休んでいる間、アランもずっと休んでいることも気になっていた。もしかするとリリルのことを領主様に言って、近いうちに殺されてしまうのではないか。そんな悪い考えまでが、頭をもたげてしまい、ここ数日はあまり眠れていなかった。そのことが、ミアの思考能力を低下させ、余計に悪い感情を増幅させていた。
らしくないミアの様子を後目に、リリルは自分の席に座った。前の席はアランだが、どうやら今日は休みのようである。
(ミアちゃん、ちょっと元気ないみたい。でも、そんな日もあるよね。)
誰にだって調子の悪い日はある。そういう風に自分を納得させて、前の誰も座っていない席を眺める。
(アラン様にもお礼を言ってないなぁ……。)
まだ来てないということは、きっと今日は休みなのだろう。
とりとめのないことを考えているうちに、2の鐘が鳴った。授業開始の合図である。
それから、結局その日はミアに話しかけることができずに終わってしまった。調子が悪そうだったから話しかけるのが憚られたのだ。
ミアには話しかけられなかった事に後ろ髪を引かれたが、学校が終わるとリリルは一直線に家に帰った。今まで休んでいた分、気合いを入れて商品を作って少しでも罰金を返せるようにしなければならなかった。
「ううん、明日ミアちゃんに元気が出る物を持って行こうっと。」
大鍋をかき混ぜながら思いついたように言った。
貴族ばかりの学校で唯一気の許せる友達に、何かしてあげたいと思うのは当然の流れだった。
「在庫もなくなってきてるし、久しぶりに作ろうっと。」
リリルは大鍋より少し小ぶりの鍋の中に調合で使い終わった薬草くずを入れる。
それから、火加減をみながら飴色の液体を慎重に加える。すると、薬草くずがみるみるうちに溶けていき、黄金色の液体となった。
「うんうん、この色、久しぶりに見るね。」
焦げ付かないように火を弱める。だんだんと、とろみが出てきたところで型に流し込み、そのまま冷やす。
十分に冷えたところで型を外すと、親指ほどの大きさの琥珀色の玉がたくさん出来ていた。
子供たちが銅貨を持って買いに来ていたものである。
「これを紙に包んで……。」
それを一つ一つを丁寧に紙につつんで小さめの布袋に入れていく。
(ミアちゃんが元気になってくれますように。)
そんな願いを込めて布袋の口を縛った。
「あら、いいもの作ってるわね。」
「ああっ!」
調合室を覗きにきたメルセデスが止める間もなく琥珀色の玉を摘まんで口に放り込む。
「何よ、たくさんあるんだから一つくらいいいじゃない。」
「そうじゃなくて……。」
「……」
舌の上で味わっていたメルセデスの顔がみるみるうちに歪んでいく。
「うえぇぇ、苦いぃ、何よこれ!」
あまりの苦さに、口に入れたものを吐き出す。
「半日くらいおかないと甘くならないんだよぉ!」
「早く言いなさいよ!!」
「無理だよぉ……。」
止める間もなく口に入れた、メルセデスの理不尽な怒りに小さくなるリリルであった。




