第18話
「メルちゃん、メルちゃん、できてるよぉ!」
マンドラゴラが気になって早起きをしたリリルは昨日植えた種を見て小躍りしそうになる。
「ふわぁぁぁあぁ~、朝っぱらから騒がしいわね……」
リリルの呼び声に眠そうな眼をこすりながら答える。
「あら、思ったより生育がいいみたいね、これなら問題なさそうだわ。」
つんつんと葉先を触って感触を確かめるメルセデス、それに合わせて生きているかのように反応するマンドラゴラの葉っぱは見ていて面白い。
「メルちゃん、抜いちゃダメなんだよね、どうすればいいの?」
「こうするのよ、よく見ておきなさい。」
メルセデスは1本の針を持ち出し、自分の魔力を付与する。その針をマンドラゴラの露出している頭頂部に突き刺した。
「これで大丈夫よ、抜いてみて。」
「うん……」
いわれるがままにマンドラゴラに手をかけて抜いてみる、ほとんど抵抗もなく抜けていくマンドラゴラ、図鑑に書いてあるように叫びだすこともなかった。
「へえ~、これがマンドラゴラかぁ~。」
図鑑どおり大根に手と足が生えたような形状で、よく見ると顔のように見える部分がある。
「この赤いマンドラゴラはすっごく辛いから工夫して食べないとダメよ、一応全部の種類を植えてみたけど、どれが必要なの?」
「たぶん、この青いのだと思う……」
「そう、じゃあ、おんなじようにやってみなさい。」
「わかった……」
同じように魔力を針にまとわせてマンドラゴラの頭頂部に刺す、特に抵抗もなく針は突き刺さった。
「メルちゃん、これで大丈夫なの?」
「あなた、一応魔法の基礎は出来るみたいね、関心関心、大丈夫よ、引っこ抜いてみて。」
言われておそるおそる引っこ抜いてみると先ほどと同じように何の抵抗もなくするりと抜けていった。
「メルちゃん、出来たよ、これで青色回復薬が作れるよ!」
「ちょ、針、危ない!」
嬉しさのあまり針を持ったままメルセデスに抱き着いて怒られる。
「それより、今日は学校じゃないの?」
「たいへん、そうだった!」
最近学校を休みがちになり不良学生になりかけているリリル、なんとかその汚名を返上しなければいけない。慌てて準備をして家を出た。
◆ ◆ ◆ ◆
教室に入ると、いつものように仏頂面で座っているアランが見える。今日は昨日の話を断らなければならない。勇気を出してアランの前に立つ。
珍しく前に仁王立ちし、こちらを睨みつけるリリルに気づき、何か納得したようにアランは口を開いた。
「なんだ、どうせ働くのをやめると言いたいんだろう。安心しろ、父上にはまだ何も言っていない。」
「ふわっ、どうしてわかったんですか?」
「わかりやすいお前の行動を見ていればわかるさ。」
そんなことお見通しだと言わんばかりにアランは言う。
「あの、申し訳ありませんでした……」
「ほう、少しは言葉を覚えたようだな。まあいい、使用人が一人増えなかっただけで大した事ではない。」
「アラン様、ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げるリリルを見て何が起こったのかとひそひそ話をする教室の貴族たち。そして、何が起こっているのか知っているミアは真剣に事の成り行きを見守っていた。
「ミアちゃん、ありがとう。」
席に着くまえに、小声でミアに話しかける。昨日とはうって変わって笑顔を見せるリリル、それを見ていると自分まで嬉しくなってくる。
「リリルちゃん、貸しひとつね。」
「ええっ!?」
ほんの悪戯心で言ってみると、豆鉄砲をくらったように目を白黒させる。
「冗談よ。」
「もう、ミアちゃん、でもお礼はさせて、もうすぐ青色回復薬が出来そうなんだ。完成したらミアちゃんにあげるね!」
「ありがと、楽しみにしてるね。やっとマンドラゴラが採れたんだね。」
「うん、メルちゃんがなんとかしてくれたんだ、やっぱりエルフってすごいよ。」
「……そうだね、なんて言っても物語にしか出てこないような種族だもんね。」
心底感激したように言うリリルを見て、何となく心がもやもやする。そんな感情を押し殺し、笑顔を作って話すミアだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ふうん、この釜で作るのね。」
「そうだよ、今日はマンドラゴラも手に入ったし、メルちゃんにも見てもらおうと思って。」
学校が終わってから一直線に家に帰ってきたリリルは、調合室で回復薬を作るの準備を進める。部屋にはリリルの体がすっぽり入りそうなほど大きな釜が置いてあり、その前で得意げに説明する。すでにマンドラゴラは青色回復薬のレシピどおりにすり潰されている。
「じゃあ、始めるよ。」
リリルは倉庫で干してあった薬草を水を張った釜の中に投げ入れた。
「これで火にかけて、薬草が沈んだらマンドラゴラを入れる……」
「へえ、なかなかのものじゃない、薬を調合できるってのはほんとうだったのね。」
メルセデスはリリルの手際に関心する。
真剣に鍋を混ぜ棒でかきまぜる。
(……なるほど、混ぜ棒が魔力を素材に伝えることで反応を速めて効果を底上げしてるのね。)
興味深くリリルの魔力の流れを観察する。混ぜ棒で釜の中に流れた魔力が釜の中で反射して素材の中に取り込まれていく。この調子で調合していくとかなりの高品質の回復薬になるのは素人目にもわかった。
「赤色の回復薬ならこのあたりでこの木の実を入れるんだけど、今日の回復薬はこの青い草を入れるみたい。」
マンドラゴラを鍋に入れて火力を高めてしばらくすると、鍋の表面に気泡が浮いてくる、その様子を慎重に見極めて刻んだ青い薬草を放り込む。
「あとは火力を調整して煮立つか煮立たないかの温度に保って一晩たって上澄みを回収すれば完成だよ。」
「へえ、簡単に出来るのね。」
「レシピは赤色の回復薬とほとんど同じだけど、この回復薬には魔力が必要みたい。でも、おばあちゃんの道具があるから魔力のための魔石は必要ないんだって。」
リリルはかきまぜ棒を置いて、メルセデスに薬の調合法が書いてある分厚い本を見せる。
「へえ、その中に作り方が書いてあるのね。」
「うん、でも今の私の力じゃ半分も作れないや、これと同じような本がまだ9冊もあるんだよ。」
メルセデスはリリルから本を受け取ってぱらぱらとめくってみる。
「なるほど、この本は初級編なのね。」
「ふぇ、どうしてわかるの?」
「表紙に書いてあるわ、なぜか古代エルフ文字だけど。」
メルセデスは表紙の象形文字のような字を指さす。
「古代エルフ文字でうさぎは初級を意味するのよ、それにこの文字の組み合わせだから初級の薬って意味なのよ。」
「メルちゃんって物知りなんだね、じゃあ残りの本はどうなんだろう?」
「そうね、私も気になるわ、見てみましょう。」
二人はレシピ本が置いてある物置に行く。
「これで全部だよ。」
リリルは物置の本棚に並んでいる本をメルセデスに見せる。
「ふんふん、薬の中級、上級はこれね、あとは魔法薬の初級から上級、魔道具の作り方まで初級から上級まであるわ、それに……」
メルセデスは一つだけ赤い色をした本を手に取る。表紙の文字から読み取るに、これは武器の本のようだ。興味が沸いたメルセデスは最後の武器の本をパラパラとめくってみる。
(……これは!!)
「メルちゃん、魔法薬ってどんなものなの?」
「わわっ!急に声をかけないでよ!!」
武器の本の内容に衝撃を受けていたところに声をかけられ、持っていた本を取り落としそうになる。
「魔法薬っていうのは瓶を割ることで魔法が発動する薬のことよ。あなた、本があるのに見ていないの?」
「うん、おばあちゃんがこの本の薬を全部作れるようになったら、もう一つのうさぎさんを練習しなさいって言われてて、あと赤い本はどうしても困った時に開くものだって……。」
のんきに言うリリルを見て気が重くなる。
しれっと世界を滅ぼしかねない本が無造作に埃をかぶっている現実に眩暈を覚えそうになる。
(あんなヤバい本がなんでこんなぼろっちい店に置いてあるのよ、エルフなら世界樹の根に厳重保管のレベルよ、これはますますこの家を離れられなくなったわ!)
「リリル、この本はあなたのおばあさんが残してくれた財産よ、もっと大事にしなさい。」
メルセデスにがしっと両肩を掴まれたリリルは目を白黒させる。
「うん、わかってるけど……」
「世界を滅ぼそうとする悪い魔族の手に渡ったりしないように大切に保管しなくちゃダメよ!」
(あぁぁあぁぁあぁぁ、もう魔族の手に渡ってるじゃない!)
言ってから気づいたメルセデス、もはや何が何だかわからなくなってきた。
「メルちゃん、さっきから変だよ。何か悪い物でも食べた?」
一人頭を抱えているメルセデスを見て物珍しそうに言う。
メルセデスが普通に戻るにはもう少しの時間を要したのであった。




