第16話
「リリル、起きなさい、今日はあなたの当番でしょ!」
お茶会の翌日、リリルが寝ている屋根裏部屋の下でメルセデスは声をあげる。いつまでたっても起きてこないリリルを不信に思ってメルセデスはリリルが寝ている屋根裏部屋に入っていく。
そして、ベットで寝ているリリルの体をゆすってみる。
「メルちゃん……ごめんなさい、お腹と手が痛くって……」
リリルは寝返りをうって焦点があわない目でメルセデスを見る。額からは大量の汗が流れていた。
ただ事ではないと感じたメルセデスはリリルの体を抱きおこす。
「この症状、魔力の欠乏症ね、でもどうして……」
大量の発汗と意識の混濁、そして何より体を触った時に感じる魔力の波動とても小さくなっていた。
これは魔法の修行中に魔法を使いすぎたエルフでよく見てきた症状だ。普通なら安静にしていれば治るが、魔法の修行をしているような様子はない。にもかかわらず魔力の欠乏症になっている。
メルセデスは痛いと訴える手を見る。
「手のひらと指先が赤くなってるわね、あとお腹も見せてみなさい。」
メルセデスは有無を言わさずリリルの上着を取って痛いと訴えるお腹を見る。
「どこが痛いの。」
「ここが…痛い……」
リリルはちょうど下腹部を押さえて訴える。
(原因はわからないけど、お腹から魔力が漏れてるわね……)
「メルちゃん……ごめんね、今日は私の当番なのに……。」
赤くなっている手を触ってみると、同じように魔力が漏れている事がわかった。
(手とお腹……食べ物?でもそれなら私も同じようになってるはずよね……)
「あなた、昨日私と違う物を食べた?」
「ううん……」
力なくふるふると首を横に振る。
「でも何だかわかんないけど、味がしなかったんだよぉ……」
「味がしなかった?」
(あんなに美味しい料理の味がしなかった?食べた私はなんともないし、食器に毒?でもそんな事をしても何の得もないわ。)
領主の家に招かれた客が体調を崩すなど醜態以外の何物でもない。それに、そんな事をするならもっといい手はいくらでもあるはずだ。
「メルちゃん…お店に赤色の回復薬と毒消しが置いてあるから持ってきて……」
力なく喋るリリル、メルセデスは言われた通りの薬を持ってきてリリルに飲ませる。それでも一向によくなる気配はなかった。
(魔力の漏れが止まらない、まずいわね……)
魔力欠乏症は魔力を持つ者の防御本能のようなものだ、使いすぎると体調を崩しそれ以上の魔力の使用を防いでいる。魔力を持つ者が完全に魔力を放出してしまうと待っているのは……。
(迷ってる暇はないわ、やってみるしか……)
メルセデスは唯一、魔力を逃がさないための方法を試してみる事にした。
メルセデスは寝ているリリルを後ろから抱いて体を密着させる。
「ふぇ、メルちゃん……」
「黙ってて!」
メルセデスは魔力を2人を包む膜状に広げた。
(寒さを防いだりする方法だけど、こうすれば、少しは魔力の漏れを防げるわ。)
膜の中はすぐに漏れ出るリリルの魔力でみたされていった。
「どう、少しは楽になった?」
メルセデスの作った魔力の膜内を魔力で満たすことで一時的にリリルの魔力漏を収めることができた。
「……うん、でもお腹が痛いよぅ……」
「我慢なさい、きっとすぐによくなるわ。」
(それにしても、この子本当に人間?こんなに魔力を放出してまだ喋れるなんて……)
人間はエルフより魔法も魔力も劣った存在だと聞いていた。その人間の町娘がこれほどの魔力を持つなら認識を改めなければいけない。
「メルちゃん、私……死んじゃったりしないよね……」
「何いってんの、ちょっとお腹が痛いだけでしょうが。」
「うん、でもおかしいの、なんだか体から力が抜けてるみたいで不安なの……」
「じゃあ、体力温存、痛くて眠れないかもしれないけど、少しは眠りなさい。」
後ろから抱きしめたまま優しくしゃべりかける。
「メルちゃん……そっち向いていい?」
答える前にリリルは寝返りを打って向かい合わせになった。
「こうすれば少しは痛いのを我慢して寝られる気がするの……」
そう言ってリリルはメルセデスの胸に顔をうずめる。
「あなたって本当に甘えんぼさんね。」
「……」
メルセデスが茶化すとリリルは胸に押し付けている頭を恥ずかしそうに横にふる。
「あなたが眠れるようになるまでこうやってあげるから、寝られなくてもいいから目を閉じていなさい。」
メルセデスはリリルを安心させるため、胸のあたりにある小さな頭を撫でてやる。
すると、しばらくしてすーすーと小さな寝息が聞こえてきた。
(さて、眠ってくれたけど、問題が解決した訳じゃないわ。どうして魔力が漏れるのよ、それも手とお腹、訳がわからないわ。)
これは食あたりだとかそういった類の問題でないことは魔力の流れを人族よりはるかに感じやすいエルフ族のメルセデスにとっては明白な事だった。
(原因がわからない以上、このまま魔力を漏れないように助けてあげるしかないわね、でもずっとはできないし……)
思い当たる節といえば昨日招かれた領主の家での食事くらいだ。
(まさかね……)
一つに可能性を見出したものの、メルセデスは頭を振ってその可能性を振り払い二人をつつむ魔力の膜に集中する。
◆ ◆ ◆ ◆
時折苦しそうな声を出すリリルを抱いたまま、4の鐘を聞いたメルセデス、お昼はとっくに過ぎ、もう次の鐘は夕方頃に鳴る5の鐘だ。
(全然よくならないわね、私はまだ大丈夫だけど、こうも長いと疲れるわ。)
メルセデスが使っている魔力操作はエルフが寒冷地や酷暑地帯を旅するときに使う魔法だ。長時間使うこともできるが、旅の途中は当然野営をする訳で常に使い続けられるような魔法ではない。
我慢強く魔法を維持するメルセデス、するとリリルがひときわ大きな身じろぎをした。
「あら、起きちゃったの?」
声に反応したのか、リリルは顔をあげメルセデスの方を見る。
「えっ!?どうしたのよ?」
とろんと蕩けたような目で見上げるその目はいつもの美しい青ではなく、鮮血のような赤色だった。
様子のおかしいリリルに戸惑っているうちにリリルは引き寄せられるようにメルセデスの首筋に顔を近づける。
かぷり
「えっ!?」
首筋に刺すような痛みが走った。メルセデスは何が起こったかわからず、ただ戸惑うばかりだ。そのうちにこく、こく、と小さく喉を鳴らす音が聞こえ、ようやく自分が血を吸われている事に気が付いた。
(こっ、この子、血を吸ってる!?)
本能的に理解したメルセデスは急いでリリルを引きはがそうとするが、体に力が入らない。
噛まれた場所から力が抜けていき、かわりにゾクゾクと全身が痺れていく。その頭を直接触られているような感覚に抵抗する意志すら抜かれていくようだった。
「はっ、はあっ、はあっ、はあっ……」
メルセデスの血をいくらか吸って満足したのか、リリルは首筋から牙を抜き、再びすーすーと寝息を立て始めた。
ほんの数十秒の時間だったが、メルセデスは血のかわりに流し込まれる感覚にぐっしょりと汗をかき、腰も抜けてしまっていた。
不思議な感覚から解放され、しばらく放心状態で天井を見上げる。
「……魔力の漏れが収まってる!?」
我に返ったメルセデスはリリルの魔力漏れがいつのまにか治っていることに気が付く。
信じられないものを見た気分だった。今まで人族だと思っていた同居人が実は魔族だったのだ、それも探していた吸血鬼である。
もし、吸血鬼なら、今回の腹痛も説明がつく、領主様の家のフォークやナイフなどの食器は、ことごとく銀で作られていたからである。それを使っていたのだから、吸血鬼にとっては毒を食べているのと同じだ。
「そんな、でも魔族なら闇の魔力を持っているはずよ、でもこの子からは感じられなかったわ。」
メルセデスは苦しそうにしていたさっきとはうって変わって、気持ちよさそうに寝息を立てるリリルのおでこに指をあてた。
「魔力よ、共鳴せよ。」
メルセデスは確かめるように魔法を使う、この魔法は体を接触させた相手の魔力属性を探る魔法である。魔族ならほんの少しでも闇の魔力を持っているはずだと思ったからだ。
「そんな、ありえないわ!」
帰ってくる魔力反射にメルセデスはあり得ない物を見た気分になる。
「光属性の吸血鬼なんて、どうして存在できるわけ!?」
エルフの巫女が言っていた予言はおそらくこの子の事なのだろうと自然に納得する。絶滅したはずの吸血鬼が生き残っていて、その上、吸血鬼としてはありえない形で存在していたのだから。
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