第14話
「ふわぁ~~」
ベッドから体を起こして大きなあくびをする。リリルが寝ている屋根裏部屋には、いつものように朝日が差し込んでいる。
「今日は学校かぁ、昨日休んじゃったからきっと宿題がいっぱいたまってるよぉ……それに借金もたまっちゃった……」
昨日の裁判で疲れたリリルは今日納品する薬を調合してすぐに寝てしまった。
いつものローブに着替え、天井裏の部屋から梯子を使って降りる。
「小金貨20枚かぁ……」
その金額はしっかりと節約して1年で返せるか返せないかの金額だ。
「なにぼーっとしてるのよ。」
「ひゃあ、メルちゃん、驚かさないでよぉ!」
「あなたがそんなところで突っ立ってるから声をかけただけじゃない、さっさと顔を洗ってきなさいよ。」
「うん、そうする……」
リリルは目をこすりながら洗面所の桶に貯めた水で顔を洗う。
「朝ごはんはこれでいいの?」
いつも自分で準備している朝ごはんを今日はメルセデスが準備していた。昨日、家に帰って話し合った結果、メルセデスは家事全般とリリルがいない間の店番をする事になったのだ。
「ありがとう、メルちゃん。」
「「いただきます。」」
テーブルに座って食事を始める。食事の始め方に最初はとまどったメルセデスも今では慣れたものだった。
「何だか、昨日より食事が美味しい気がするね。」
「昨日と食べてる物は同じでしょ、バカな事いってるんじゃないわよ。」
お皿の上のパンをちぎって水に濡らして食べる、食事は質素でいつもの固い黒パンだ。
「裁判が終わって肩の荷が降りたからかなぁ……。」
「私は気が重くなったわ、あなたの罰金の3倍よ……。」
結局、働くあてもなく身分を証明する物もないメルセデスは、リリルのお店で働かせてもらう事にしたのだ。
「お金を払い終わったらどうするの?」
「そうね、目的の人が見つからなかったらエルフの里に帰ってもう一度予言を確認する事にするわ。」
「そっか……」
「何しょんぼりしてるのよ、どうせお金を払うのに1年以上かかるんだから、その時にならないとわからないわよ。」
「そうだよね、見つかるといいね、目的の人が。」
「あなたも協力してくれるんでしょ?」
「うん!」
「今日はその第1歩ね、今日はギルドへ薬を納品して、あとはお店にいればいいのね?」
「お願い、メルちゃん、しっかり稼いで早くお金を返そう!」
「そうね、ごちそうさま。」
食事を終えたメルセデスは薬の入ったバックを片手に店を出る。
「私もそろそろ行かなくちゃ……」
残りのパンを口に入れて勉強道具の入った鞄を持ち、壁にかかった大きな帽子をつかんで玄関を出る。
「あっ、ギルド章!」
ギルド証を渡すのを忘れたリリルは慌ててメルセデスを追いかける。
「メルちゃん、これ!」
「なに、あなたのギルド証?」
「受付の人にこれを見せて、納品してね。あと……」
「なによ、まだあるの?」
「どうせだから、途中まで一緒に……行きませんか……」
恥ずかしそうに上目遣いでメルセデスを見る、その言葉はなぜか敬語だ。
「はいはい、あなたってずいぶん甘えん坊さんなのね。」
「ふぁ、違うよぉ、メルちゃんが迷ったらいけないからだよぉ!」
「そういう事にしておくわ。」
顔を真っ赤にして文句をいうリリルを後目に、くるりと身を翻し、町の中心へ続く大通りを歩き始めるメルセデス、これが二人の返済生活初日の朝のできごとだ。
◆ ◆ ◆ ◆
学校に来ると、今日はいつもより教室が騒がしかった。
(どうしたんだろう、でも私には関係ないよね……)
教室が騒がしい日は、だいたいは誰かが誰かと婚約したとか貴族に関わる噂話が飛び交っている時だ。
だが、教室に入るとなぜかみんなこっちに目線を送ってくる。その目線に驚いたリリルは体を小さくして教室に入る。そして、こそこそとミアに話しかける。
「ねぇ、ミアちゃん、今日は何があったの?」
「リリルちゃん、やっと来たね、みんな昨日のリリルちゃんの裁判の話で持ち切りだよ。」
「ええっ!なんでぇ!?」
確かに、裁判で休んでしまったのはマズかったかもしれないが、小金貨5枚程度なら学校に来ているほとんどの人は難なく払えるはずだ。
「リリルちゃんとエルフがいっしょに住んでるって噂になってて……」
「そうだけど……」
「私も興味があってお父さんに聞いてみたんだけど、エルフと会うのって本当に大変らしくて…。」
「ふわぁ、メルちゃんってやっぱりすごいんだ……。」
「おい、薬屋の娘!」
「ご、ごめんなさい!」
いつもうるさいと怒られているから、反射的に謝ってしまう。
「いや、怒るつもりはなかったんだが……」
いつも不機嫌そうにしている前の席の貴族の子が珍しく話しかけてくる。
「わわっ、ごめんなさい、何ですか!?」
「昨日の件だが……」
視線を彷徨わせ、意を決したように言う。いつも怒られてばかりの子に話しかけられて慌てる。
「あの、大丈夫です、気にしてませんから!」
「いや、昨日の裁判は見ていたんだが、まさか本当にエルフを見られるとは思わなかった、少しは……感謝している……。」
(ふわぁ、貴族の男の子にあんな風に言われるなんて、メルちゃん凄すぎるよぉ。)
「お詫びという訳ではないが、我が家の茶会に招待しよう。」
「茶会?いいですけど……」
「承知した、明日の3の鐘に合わせて迎えの馬車をそちらに向かわせる。」
「ばっ、馬車なんて、歩いて行きます!」
「客人を歩かせるなど論外だ、黙って従いたまえ。」
「はっ、はい!」
勢いに押され、頷く。
「では、楽しみにしている。」
そう言うと、もう話すことは終わったといった風に椅子に座り前を向いた。
◆ ◆ ◆ ◆
「ミアちゃん、お茶会ってお茶を飲めばいいの?」
「リリルちゃん、ちょっといい?」
「えっ!?何?」
さきほどのやり取りを見て呑気にお茶会について聞いてきたたリリルを教室の外に連れ出す。
「リリルちゃん、落ち着いて聞いてね。」
「う、うん。」
何が起こったかわからないとう風に首を傾げる。
「あなたは領主様の家に呼ばれちゃったのよ。」
「えっ、領主様?」
ミアはリリルの困惑した顔を見ながら話しを続ける。
「あなたの前の方はこの町の領主様の息子なの、だからそこにお茶会に行くことは領主様のお屋敷に招かれたということなのよ。」
「ええっ、私は平民で領主様は貴族だよ!」
ようやく事態を理解したリリルは目を白黒させる。
「どうしよう、断らないと……。」
「リリルちゃん!断ったらダメだよ、領主様の顔を潰す事になっちゃうよ!」
「じゃあ、どうすればいいの……」
いつも優しいミアがこんな風に詰め寄ってくるのはこの間の町を出るくだり以来出会ってから2回目の事で、事態の深刻さをようやく察してリリルは涙目だ。
「行くしかないよ、お作法はわかる?」
「お作法って?」
「お茶会のお作法よ!」
「うう、分かりません……、ミアちゃんどうしよう……。」
「リリルちゃん、学校が終わったら家に来て、一通りのお作法を教えてあげるわ。」
「ほんと、ミアちゃんありがとう!」
リリルは感極まってミアに抱きつく。
そうして、リリルはミアの家にお茶会のマナーを学びに行く事になった。
◆ ◆ ◆ ◆
「ここが私のお家よ。」
「ふわぁ、ミアちゃんのお家って大きいんだね。」
リリルの家の4倍はあるミアの家を見上げる。建物は三階建で一番下が商業スペースのようだ。
「お母さん、ただいま!」
すると奥からミアによく似た優しそうな女性が出てくる。
「あら、おかえりなさい、そちらの方は?」
「私の友達のリリル、お母さん、この子にお茶会の作法を教えてあげてよ。」
「あの、よろしくお願いします!」
「あらあら、あなたがリリルちゃんね、ミアからよく話を聞いてるわ。」
それから、奥の部屋に案内された。案内された部屋は商談をするための応接室のようで落ち着いた色合いの家具で上品に纏められている。
「そっちに座って、今お茶を用意するから。」
それからミアのお母さんは従業員にいつも客人にやっているように準備をと指示する。
すぐにいい香りのする紅茶とお茶菓子が運ばれてくる。その様子を黙って見ていたリリルは緊張でカチカチに固まっている。それから、ミアのお母さんによるお茶会の作法のレクチャーが始まった。
◆ ◆ ◆ ◆
「完璧にやろうとしなくていいのよ、先方も完璧な作法はきっと期待していないわ。」
緊張のためか、なかなか上手くいかないリリルを見てミアのお母さんはやさしく言う。
「じゃあ、何を期待してるんですか?」
「そうねえ、貴族のお茶会なら社交界や領地の情報収集が目的だけど、貴族じゃない人を呼ぶ場合は、商売のお話や、もしかすると本当にただお話をしたいだけかもしれないわね。」
「へえ~、商売のお話だったらいいなぁ……」
「ふふっ、そうね、そうだったらいいわね。」
「はい!」
元気に返事をするリリルを好ましく思い、ミアのお母さんは微笑む。
「ミアちゃんのお母さんって物知りなんだね。」
「そうよ、私のお母さんは元貴族だったのよ。」
「昔の話よ、それに貴族といっても下級貴族の3女だったからほとんど平民と同じだったわよ。」
胸を張って言うミアを見て、ミアのお母さんは昔を懐かしむように言う。
「でも、貴族ってすごく大変って聞きます。」
「そうね、特に女の子は少しでもいい嫁ぎ先を探すために大変なのよ。」
「お母さん!」
「ふふっ、こんな話は野暮だったわね、でも貴族のお茶会なんて結局はそんなものよ。誰と誰が婚約したとか、女の子は噂話には目がないものだから。」
「やっぱり貴族って、大人だなぁ……。」
「リリルちゃんには好きな人はいないの?」
「ふぇ!?」
「ああっ、私も聞きたい!」
急に聞かれたリリルは驚いて目を白黒させる。そして、それに便乗してミアも目を輝かせて聞いてくる。
「……あの、すみません、お店が大変で考えたことも……。」
「なんだぁ~」
残念そうにミアが言う。
「リリルちゃん、ちょっとした作法はあるけどお茶会なんてこんなものよ。相手のもてなしとお話を楽しめればそれで大丈夫、ましてリリルちゃんは貴族じゃないんだから。」
「はい!」
「じゃあ、もう少し練習して終わりにしましょうか。」
何となくお茶会というものが分かってきたリリルはほんの少し肩の力を抜くことができて、何とか一通りの作法を覚えることができた。
ブクマが増えたら泣いて喜びます。




