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吸血鬼な薬屋さん  作者: Gotsu
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第13話

「ふわぁ~」


 大きなあくびをして目をあける。部屋の窓から明かりが差し込んでいる。


「わぁ、時間時間!」


 慌てて学校の準備をしようとするが……。


「あっ、そっか、今日は学校じゃなくて裁判の日かぁ……。」


 今日は学校を休む事を先生には伝えてあった。そして、裁判は昼過ぎから始まる。昨日見た書類を見ると、一緒にかかわったジルもいっしょに呼ばれているようだった。


「うぅ…考えるとドキドキしてきた……。」


 昨日はいつもより多い量の薬を調合したのでいつもより時間がかかり、調合が終わると疲れてすぐにぐっすりと寝入ってしまった。

 寝ぼけ眼をこすりながら、お店の方へ行ってみる。


「あら、お目覚めね。」

「ふわぁ、メルちゃん、おはよう……」


 大きなあくびをしてメルセデスを見ると、もう服を着替えて出発の用意をしていた。


「ところで、今日はいつ出発するのよ。」

「えっと、呼び出された時間が3の鐘だから、2の鐘が鳴る頃には出発したいな。」


 ミアから聞いた話では裁判所が定めた時間よりも遅れてしまうと裁判官の心象が悪くなり、罪が通常より重くなることがあるらしいのだ。


「私はこの町のこと知らないから、あなたに任せるわ。」

「うん、じゃあ朝ごはんを食べたら出発しよう!」


 そうしてリリルは朝食の準備を始めた、準備といってもパンと水を2人分用意するだけだ。

 すぐに準備を終えて二人で席について、一休みしたところでちょうど2の鐘の音が聞こえてきた。


「メルちゃん、出発だよ。」

「はいはい。」

「ねえ、メルちゃん、メルちゃんの好きな食べ物ってなあに?。」

「そんなの聞いてどうするのよ……」

「ううん、何となく。」

「そうね、ワイルドボアの肉なんてなかなかおいしいわよ。」

「じゃあ、お金が稼げたら食べに行こうよ。」

「はいはい、楽しみにしてるわ。」


 あえて明るくふるまうようにするリリル、そうしないと不安に押しつぶされそうになる。

 そして、空はそんな事関係ないとばかりに晴れ渡っていた。



◆ ◆ ◆ ◆



「被告人は入室せよ。」


 裁判所に到着後は、それぞれ別の部屋に入れられ、事実確認と裁判の注意事項を受けた。


「魔道具で嘘はわかっちゃうんだ……」


 裁判では事実確認で発言を求められるが、その時に嘘をつくと魔道具でわかるため気をつけるように、という事だった。

 裁判前の3人の事情聴取が終わり、法廷に一人ずつ呼び出された。


「被告人、メルセデス・ユグドラシア、リリル・アナトリス、ジル・アーベン、の3名の裁判を始める。」


 学校の教室より少し狭い部屋に入ると、正面には黒い法服を着た判事が座っていた。

 3人別々に部屋に入れられたので、ジルとは今日初めて顔をあわせる。見ると両頬が腫れあがっていた。


「まず今回の事実確認を行うが、その前に二人は帽子とフードを取りなさい。」


 裁判官は顔を隠すのが不適切とみてリリルとメルセデスの帽子とフードを取るように命令した。


「メルちゃん…」

「しょうがないわね……」


 不安そうに見るリリルを安心させるため、メルセデスはゆっくりとフードを取った。リリルもそれにならって大きな帽子を取った。

 見学者はメルセデスの長く尖った耳を見て驚き、そして帽子の下から現れたリリルの絹糸のような髪にため息を漏らした。


「なんと、あの耳、あれはエルフではないのか!?」

「それにもう一人の少女、本当に町娘なのかね?」

「静粛に。」


 ざわざわと、法廷内は喧噪に包まれた裁判官は木槌を使い場内を整える。


「判事、我々商業ギルドは今回、不法侵入した亜人がエルフとは聞いていません、裁判の延期を希望します!」


 ふいに立ち上がった商業ギルドの代表、今回の被告がエルフであると初めてわかり血相を変える。


「ふむ、他のギルドはどうだ?」

「鍛冶ギルドは特に興味はない、棄権する。」

「薬師ギルドは延期に反対します。」

「冒険者ギルドも延期に反対よ。」

「では、多数決で予定通り裁判を継続する。」


 判事の決定を聞いて商業ギルド代表は焦る。


(まずい、亜人がエルフだったとは、直ちにギルド長に知らせねば……)


 エルフの持つ魔道具の技術やエルフの森で採れる素材はこの町では出回らないほど高値で取引されている。特に転移魔法、結界魔法や収納魔法を付与された魔道具は1つだけでも一財産だ。


「では、事実確認をおこなう……」


 判事は先ほど聴取で得た情報をまとめ、一人ずつ真実の水晶を用いて事実確認を行った。


「被告人に虚偽の証言がないことは分かった。何か申し開きはあるか?」

「ありません」」

「ないわ!」

「では、今回の不法侵入は負傷者を助けるためとはいえ、門番を欺き町に侵入した件については、計画的な犯行であったと言わざるを得ない。」

「そうです、裁判官、商業ギルドは計画的な本犯罪に対して厳罰を望みます。」


 商業ギルドの厳罰という声にぎゅっと目をつぶるリリル、不安が大きくなっていく。


「静粛に、だが、侵入後速やかに自らが所属するギルドへ自首したこと、および当人らに反省の色が見られる事から侵入を助けた2名には小金貨5枚の罰金を命じる。」


 判決を聞いて顔を青くするリリルとジル、日々の食事を銅貨数枚で賄っている庶民にとっては結構な金額の罰金であった。裁判官の言葉は続く。


「そして、最後に不法侵入者の目的を聞かねばならん。被告人、メルセデスは真実の水晶に手をかざすように。」

「今回の旅の目的と今後について正直に答えよ。」


 裁判官は真剣な目でメルセデスを見る。


(メルちゃん……)

「私の旅の目的は……」


 裁判所内がメルセデスのセリフを一言も聞き逃さまいと静まり返る。


「私の旅の目的は魔族を捕まえる事よ!」

「魔族、とは、どんな魔族かね?」

「吸血鬼よ!」

「判事、この亜人は嘘をついています、吸血鬼など十年以上前に滅んだではありませんか!」


 世界に害をなす吸血鬼が10年以上前に滅んだ事は常識である。商業ギルドの代表者が声をあげ、判事も疑いの眼差しで真実の水晶を見るが……


「どうやら本当のようだな……」


 真実の水晶変化はなかった。嘘をついていると白く輝くハズなのだ。


「見つけどうする気だ、そして見つかる当てはあるか?」

「わからないわ、でも見つかるまでこの旅を辞めるつもりはないわ。」


 意志の籠った目で判事を見つめる。


「見つけてどうするのかね?」

「どうするかはわからないわ。」


 真実の水晶は何の反応もない、嘘をついてはいないようだった。


「裁判長、この亜人はよからぬ事を企んでいる可能性があります、裁判を延長し事実を確認すべきです!」

「この意見に対し、各ギルド」

「鍛冶ギルドは棄権だ。」

「薬師ギルドは延長に反対します。」

「冒険者ギルドも延長に反対します。」

「では、延長は否決し、裁判を継続する。」

(馬鹿なやつね……)


 商業ギルドの代表は裁判の引き延ばしに重点を置くあまりメルセデスへの心象を悪くしすぎた。利益を得ようとするなら最初に引きのばしが失敗した時点で諦め、戦略を立て直すべきだったのだ。

 だが、それも無理のない事だ、不法入国などの小さな事件の裁判に上位の役職の者が陪席するほうが稀なのだ。


「虚偽の言動をしている訳ではないようだな。では、これ以上追及はしまい、判決を述べる。」


 メルセデスはごくりと唾をのむ。


「被告、メルセデス・ユグドラシアは不可抗力とはいえ、バーミリア王国への不法入国および町への不法侵入を行った。これに対し、亜人基準の罰金を適用し小金貨15枚の罰金とする。」

「はぁ、わかったわよ。」

「そして、今後の目的が不明であることから、罰金の返済終了まで町から外へ出る事を禁止する、何か反論はあるかね。」

「いいえ、ないわ。」


 当たり前の事だった。罰金を払う前に逃げる可能性のある者を放っておく訳がない。


「最後に、1か月以内に職業につき罰金の返済を開始すること。これが満たされない場合は商業ギルド斡旋の職場で強制労働となる、判決は以上、閉廷!」


 判決を言うと、判事はさっさと閉廷を命じた。コストゥーラの町はそれなりに大きいので、一日に複数の件数を処理しなければいけない。判事が裁判の延長を嫌うのはこういった理由もあった。



◆ ◆ ◆ ◆



「はぁ、終わったよぉ、メルちゃん……二人で小金貨20枚だね。」


 帰りは3人一緒だ。今回の裁判でメルセデス以外は10代でけっこうな額の罰金を払わなければならなくなった。

 裁判が終わった帰り道、リリルが安堵したように言う。


「また親父に殴られる……」


 親父に殴られて頬を倍くらいに赤く腫らせたジルは、喋りにくそうに呟く。今回の一件を親に隠していたので、昨日突然届いた裁判の招集通知に驚いた両親にこっぴどく叱られていた。そのうえ罰金まで作ってしまい、家に帰る足取りが重い。


「小金貨1枚ってあなたのお店でどれくらいで稼げるのよ。」

「えっと、最近はお店を開けてないから、売り上げが減ってて、食費を引いて一日……銅貨3枚かな……」


 リリルはお店の売り上げを考え込んだ。銀貨10枚で小金貨1枚の価値、銅貨10枚で銀貨1枚の価値だ。


「はぁ、あなたのお店だと一年以上かかるわね……」

「でも、メルちゃんがお店の番をしてくれるともっと増えるよ!」

「それでも私の分まで返すのに半年はかかりそうね……。」

「リリル、もし今日で俺が勘当されたら働かせてくれよ……」


 しょんぼり俯いてリリルにお願いするジル。


「ちょっと、私が先よ!」

「なんだよ、こういうのは店主が決めるものだろ!」

「もう、やめようよ、それに私のお店の売り上げじゃあ3人分の食費なんて無理だよぉ……」

「「………」」


 リリルの泣きそうな声を聞いて二人は口げんかをやめた。


「はぁ、こういうのをお先まっくらって言うのかしら…。」

「「………」」


一言多いとはこの事を言うのだろう、暗澹たる気持ちで三人は帰路についた。



◆ ◆ ◆ ◆



「ギルド長はどこに行った!」


 裁判が終わってすぐ、ギルドに戻った商業ギルドの陪席者は血相を変えてギルド長の所在を確認する。


「ギルド長は、今隣町に行っています、お帰りは4日後になります。」

「魔法通信を使って連絡をとる!」

「魔道通信ですか!?あれは緊急でなければ使用許可がされていません。」

「これが緊急でなくて何だ、使えるぶんの魔石は用意した!」

「わかりました。」

(くそう、亜人がエルフと分かっていれば、何としても我々に有利な条件に持ち込めるよう工作を行ったのに……)


悔しそうに唇をかむ、この一件でエルフと交渉できる機会が失われるような事があれば、無能者という烙印を押されてしまう。すぐさまギルド長を交えて対策を練る必要があった。



◆ ◆ ◆ ◆



「何とかうまくいったわね。」


 最も横やりを入れてくるであろう商業ギルドには情報を絞り、商業ギルドと関係の深い薬師ギルドには裏工作を、メルセデスの事をギルド長に報告した後、ミーナは各部へ走り回る事となった。運よくリリルは魔女バアサンの娘ということで薬師ギルドに名前が売れており説得はスムーズに進んで行った。


「商業ギルドには資金面では敵わないからね……」


 本来、裏工作は商業ギルドの十八番である。資金力で負けている冒険者ギルドは今回は情報統制とスピードで商業ギルドに勝ったにすぎない。


「さて、あとはあのギルド長がどう出てくるかね……」


 小娘一人にギルド長が出る、一見大げさに見えるがエルフという存在はそれほど商人にとっては魅力的なものだった。数日後には何かコンタクトがあるはず、その対応に気合を入れなおすミーナ、これからギルド長への報告や今後の対策について考えていく必要があった。

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