第12話
「リリルちゃん、今度は何があったの!?」
学校の教室に入るなり、珍しく大きな声でミアに呼び止められるリリル。
「えっ、何って…?」
「商業ギルドに行ってたお母さんに聞いたんだけど、明日裁判に出るって!」
「えっ、裁判!?明日!?」
ミアに言われ目を白黒させるリリル、昨日のミーナとの話を思い出す。
「不法侵入の裁判だって聞いたよ!」
「ミアちゃん、あのね、昨日の話しなんだけど……」
◆ ◆ ◆ ◆
「私、外に一人で行こうとしたらダメだよって言ったよね。」
「でも、結局2人だったし……」
「そういう問題じゃないの、最初は一人で出ようとしたんでしょ?」
事の顛末を聞いたミアの目は珍しく怒っていた。
「ミアちゃん、ごめんなさい……」
「はぁ……リリルちゃん……」
ミアは大きなため息をついた。
「それにしても、一度町の外に出ただけでやっかいな事をそんなに引っ張ってこられるなんて才能だね……。」
「うぅ……。」
「でも、ミーナさんっていう人に任せて、大丈夫なの?」
「今までよくしてくれたから、今度も大丈夫だと思うんだけど……」
「ねえ、落ち着いたら、私もメルちゃんに会っていいかな?」
「いいと思うんだけど、聞いてみる!」
リリルは仏頂面で手伝いをしていたメルセデスを思い出し、とりあえず聞いてみる事にした。
「ありがとう、でも、エルフと会えるなんて凄いね、エルフって魔法が上手なんでしょ?」
「うん、精霊さんにお願いしてお掃除をしてくれたり、お水を出してくれたりするのホントに上手なんだ~。」
「ほんとに精霊魔法を使うんだね、本で読んだ通りだね。」
ミアは目を輝かせてリリルの話を聞く。
「うんうん、「水の精霊よ」って唱えてささっとお水を出しちゃうんだよ、凄いなぁ、私も魔法上手になりたいなぁ……。」
昨日と今日の朝にメルセデスが披露した魔法を思い出して笑顔になるリリル、ささっと呪文を唱えて魔法を発動してしまうメルセデスの魔法には憧れてしまう。
「エルフに精霊魔法など、嘘も休み休み言うんだな、薬屋の娘。」
「ふぇ!?」
「伝説の種族であるエルフがこんな場所にいる訳ないだろう、それに精霊魔法など、見間違えだろう。」
「そんな事ないよ!」
「リリルちゃん!」
「あっ……そんな事ない……です……。」
メルセデスの事を悪く言われたようで、ついいつもの口調で返してしまったリリルは相手が貴族だという事を思い出した。
「まあいい、明日あるという裁判で本当か確かめてやろう。」
そう言うと、これ以上会話はしないという雰囲気を出し、少年は自分の机に座った。
「ねぇ、ミアちゃん、裁判って自由に参加できるの?」
その様子を見てこそこそ話しをするミアとリリル。
「参加というより見学かな、小さい裁判だと部屋も小さいですし、あまり聞きに来る人もいないって話だよ。」
両親が商人なミアは、裁判の話を聞かされる事もあったため、ほんの少しは事情を知っている。
「へぇ~、ミアちゃんてやっぱり物知りなんだね。」
「でも、凶悪な人は町の広場で裁判することもあるんだって。」
「ええっ!大丈夫かな……。」
不安そうに上目遣いにミアを見る。
「……」
「……ミアちゃん?」
(はっ!上目づかいが可愛すぎて昇天しちゃった!)
「だっ、大丈夫よリリルちゃん、人殺しとかじゃないとそんな事にはならないから!」
意識を取り戻したミアは不安そうなリリルをフォローする。
「はぁ、何だか不安になってきたよ、大丈夫かなぁ……」
「あっ、リリルちゃん、先生が来たよ。」
「わぁっ!」
慌てて前を向くリリル、当然この日も授業に集中できなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ、今日も全然集中できなかった……」
とぼとぼと家に帰る。今日も先生に怒られてしまったリリル。
「ただいま~。」
「やっと帰って来たわね、どこに行ってたのよ!」
「どこって……学校だけど……」
「がっこうって何よ!」
「ふぇっ!?」
思わぬ事を聞かれ、リリルはうろたえる。
「それより、昨日のギルド?の人が来てこれを置いてったわ!」
メルセデスは一枚の紙をリリルに突き付けた。
「えっと……。」
そこには学校で聞いたとおりの内容が書かれていた。
「明日、私と一緒に裁判所に来るようにって……」
「はぁ……、あのギルド員にはめられたりしないでしょうね、言っとくけど、奴隷なんかにしようとしたら、私はさっさと逃げるわよ。」
「大丈夫だよ、私が困ってる時には助けてくれるいい人だよ。」
「ふん、それが本当かどうかも明日わかるわけね!」
メルセデスは不満そうに言った。
「そうだね、きっと何とかなるよ!」
リリルがぐっと小さな拳を握る。裁判は初めてだが、今までも何とかなってきたのだからきっと何とかなると信じている。
「じゃあ、私はギルドに行ってくるね、今日のぶんの薬を届けないと!」
時計を見て慌てて調合室に入っていく。昨日のうちに瓶詰めは済ませているから今日は持っていくだけだ。
「ねえ、私にもできることないの?」
「えっ!?」
「だって……一宿一飯の恩はある訳で……じっとしてるのも後味が悪いというか……いいから私に出来ることを教えなさいよ!」
「メルちゃん、ありがとう!」
視線を泳がせながら恥ずかしそうに言うメルセデス、それを見てうれしくなってメルセデスに抱き着く。
「ちょっと、放しなさいよ!」
「ごめんなさい、なんだか嬉しくって!」
恥ずかしそうにはにかむリリルを見て、メルセデスも顔が赤くなる。こんな風にスキンシップをされるのは初めての体験だった。
「とにかく、エルフのことわざで働かざるものはパンを食べてはならないと言うから、お世話になるうちは働かせてもらうわ。」
「じゃあ、私が帰るまでお店の番をお願いしていいかな?」
「そんなのお安い御用よ!」
任せろとドンと胸に拳をあてるメルセデス。
「よかったぁ、最近はお日様が沈んでからじゃないとお店を開けられないから売上が下がってたの、よろしくお願いします!」
それから一通りの説明を終えたリリルはギルドへ出発していった。
◆ ◆ ◆ ◆
「勢いで引き受けたけど、お客さんなんて来るのかしら……」
お店を任されたメルセデスはとりあえず店番を始めた。
「あーっ、最近閉まってたのに、今日は空いてるんだ!」
「ほんとだ、でもリリル姉ちゃんじゃない人が店番してる!」
リリルがギルドに出かけてからすぐに、小さな子供たちが店によって来た。
「お姉さん、最近お店があいてないのはなんでなの?」
「あの子にも都合があるのよ。」
子供は相手にしていられないと素っ気なく返事をするメルセデス、そんなのにくじける子供たちではない。
「あっ、俺たちはお客さんだぞ、もっと丁寧に対応しろよ~!」
一番体の大きな男の子が口を尖らせて文句を言う、それでもメルセデスの身長よりもだいぶ小さいので、まったく怖くない。
「はいはい、お客さんっていうのはお金を払って商品を買ってくれる人の事をいうの、どうせあなたたちは冷やかしでしょ?」
「ふふん、お金なら持ってるぜ、いつも通りお菓子を出してもらおうか!」
「「「もらおうか~!」」」
一番おおきな男の子と、ほかの子供たちは示し合わせたかのようにポケットから茶色い銅貨を取り出した。
「あんたらねぇ、ここはお菓子屋さんじゃないの、お薬屋さんなの。」
「なんだ、お姉ちゃん店番なのに知らないのか、このお店は銅貨1枚で甘いお菓子が買えるんだぞ!」
「「「だぞ~!」」」
男の子の言葉に皆がうんうんと頷く。
「久しぶりに空いてたんだから、出してくれるまで粘るぞ!」
「「「ねばるぞ~!」」」
そう言って子供たちは店の前で遊び始めた。
「はぁ、厄介なお客さんね、そんな簡単に甘いものが手に入る訳ないでしょう……」
エルフの里でいう甘いものは、季節によって咲く花の蜜や、甘い樹液を煮詰めて作るシロップなど、どれも取れる季節が限られていたり手間暇がかかる物ばかりだ。一番価値の低い硬貨で買えるような物だとは思えなかった。
だが、子供たちがお金を持っている以上、商品を探さない訳にはいかなくなったメルセデスは、お店の商品棚をごそごそと探し始める。
「もう、早く帰って来てよ~」
小さな棚を一つ一つ開けながらメルセデスは愚痴をこぼす、それでも頼まれた以上はやり通す。それが居候エルフの矜持だった。
そして探し始めて10分後、「子供用」と書かれた少し大きめの箱を見つけた。銅貨1枚とも書いてある、これでまちがいなさそうだ。
「あんたたち、これの事?」
メルセデスは琥珀色の玉の入った小さな包み紙を4つ取り出して子供たちに見せる。
「あっ、それそれ!」
子供たちは嬉しそうに銅貨をメルセデスに渡し、代わりに包みを取っていく。
「久しぶりに食べられる、嬉しい!」
小さな女の子が嬉しそうに琥珀色の玉を口に含む、他の子供たちも嬉しそうに口の中にコロコロさせている。
(そんなに美味しいのかしら……)
子供たちがあまりにも美味しそうに食べるので、メルセデスも興味が沸いてきた。
(一つくらいなら……)
それから、たくさんあったうちの一つを取り出して包みを開けてみる。包み紙の中には澄んだ琥珀色の物が入っていて、それを取り出して口に含んでみる。
「!!!!」
(すっごく甘くて美味しい!!)
メルセデスは衝撃を受けた、今まで食べた花の蜜や樹液よりも圧倒的に甘くて美味しかったのだ。
「なんでこんな物がボロいお店に銅貨1枚で売ってるのよ……」
エルフの里では甘い物は高価で、とても一番安い硬貨で買えるような物ではない。
(人間の世界、恐るべしね……)
メルセデスは人間社会の生活レベルにほんの少し畏怖を抱いた。
◆ ◆ ◆ ◆
「あの、今日はミーナさんは休みですか?」
薬の納品に来たリリルは受付にミーナの姿が見えなかったので、係員の女性の人に聞いてみる。
「ああ、ミーナなら今日は仕事で取り込み中よ、あなたがリリルちゃん?」
「はい。」
「そう、ミーナにはいろいろ聞いてるわ。これからもあの子をよろしくね。」
「そんな、ミーナさんにはお世話になりっぱなしで、私の方こそよろしくお願いします。」
優しそうに話しかける受付の女性にどぎまぎしながら答えるリリル。
「ふふふ、ミーナから聞いていたとおりいい子ね、今日は納品に来たの?」
「はい、定期の回復薬の納品に来ました。」
「じゃあ、受付に並んでね。」
そう言っていつもの受付の列を指さす。
(今日はミーナさんいないんだ……)
明日の事を聞こうと思っていたリリルは少し残念に思ったが、ミーナは明日のために何かしてくれていると信じていた。
「私も頑張ろう。」
ぐっと小さな拳を握って気合を入れる。それから、いつも通り薬の納品をして、そのお金で今日はいつもより多い2人分の食べ物を買って帰った。
◆ ◆ ◆ ◆
「ただいま!」
「お帰りなさい……。」
いつもなら誰も答えてくれない、ただいまの声に答えが帰ってきてほんの少し嬉しくなる。だが、疲れ切った様子で机に突っ伏しているメルセデスを見て不思議に思う。
「メルちゃん、何かあったの?」
「ここは孤児院じゃなくて薬屋よね……。」
「うん、そうだけど……」
当たり前のことを聞いてくるメルセデスに困惑しながら答えるリリル。
「じゃあ、なんで子供たちが沢山来て遊んで帰ってくのよ!」
「わわっ、しばらくお休みにするから来ないように言ってたのに……」
いきなり迫られ驚くリリル。学校に行くようになってお日様の出ているうちは店を閉める事を決めた。そう決めた時、よく来る子供たちにしばらく休む事を伝えていた。今回子供たちが集まったのは単なる偶然だったが、ある意味では平常運転だったと言える。
「まったく、子供って苦手よ、エルフの耳を何だと思ってるの!」
よく見るとメルセデスの耳がほんの少し赤くなっているのが見える。
「メルちゃん、耳がどうしたの?」
「アイツら、隙があれば耳を触ろうとしてくるのよ!」
無邪気な子供にエルフの長い耳は格好の標的となってしまったようだ。
「メルちゃん、ごめんね。今度しっかり言っておくから…。」
そうはいったものの、確かに感情に合わせてぴこぴこ動く長い耳を触りたくなる気持ちもわかった。
「メルちゃん、私、ご飯作るね!」
そんな邪な気持ちを振り払うために、リリルは食事の準備を始めた。昨日の夜から食事は2人分、おばあさんが失踪してからいつも1人分だった食事を2人分作るようになり、ほんの少し心が温かくなった。
「いただきます。」
「いただきます。」
リリルに習ってメルセデスも同じように夕食を食べ始める。夕食は黒パンと野菜くずのスープといった質素なものだ。
「ごめんなさい、今日はこれで我慢してね。」
昨日、倒れていたメルセデスに元気を出してもらおうと、少し奮発して食事を用意したが、その反動で今日の夕食はいつもより少し質素なものになっていた。
「なんであなたが謝るのよ、お世話になってるのは私よ。」
スープをスプーンで掬いながら、すまなさそうに言うリリルにそっけなく答える。
「………」
「でも、お世話になりっぱなしっていうのも癪にさわるから、今日みたいにお手伝いくらいやらせてもらうわ。」
「えへへぇ~、ありがとう、メルちゃんって優しいね。」
「ふん、今日も言ったでしょ、それにエルフの格言に受けた恩は倍にして返せってあるのよ。今のところお世話になりっぱなしだから、少しずつでも返すのよ。」
メルセデスは屈託のない笑みを浮かべるリリルを見て、ついつい素っ気なくしてしまう。
「じゃあ、メルちゃんは私のお店の初めての従業員だね。」
「はいはい、そうね!」
「ごちそうさま!」
嬉しそうにこっちを見るリリルに耐えられなくなってさっさと食事を口に放り込んでメルセデスは席を立つ。
◆ ◆ ◆ ◆
メルセデスが食事を終えてからも、リリルはにこにこが抑えられなかった。
おばあさんがいなくなってから、一人で食べていた食事が、二人になり、食卓がほんの少し色づいたようだった。
「明日は何を作ろうかなぁ、そう言えばメルちゃんはどんな食べ物が好きなんだろう?」
しばらく一人だった食事が、ほんの少し楽しみになったリリルは残りをさっさと食べ、いつも通り学校の宿題と明日納品する薬の準備を始める。
「ご飯でメルちゃんに喜んでもらうためには、もっと稼がないとね!」
そして、宿題を終えると、いつもより多目の材料で薬の調合を始めた。同居人が増えたからしっかり稼いで少しでも美味しい物を食べさせるのだ。
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