第11話
「どう、少しは落ち着いた?」
それからしばらくして、メルセデスはリリルをベッドに座らせ、何とか泣き止ますことに成功した。
「うぅ、ぐすっ……ごめんなさい……」
「悪かったわね、私も少し頭に血が昇ってたわ。」
メルセデスは一つ大きなため息をつく。
「アタシが吸血鬼を探してるって話はしたわよね?」
「…うん」
「アタシはどうしてもそいつを探し出して里に連れて行かなきゃいけないのよ。」
「……」
「今日話した予言には続きがあってね、その者が世界樹を救うだろうって。」
「……世界樹を救う?」
「そう、エルフの里には世界樹っていう大きな木があって、それが病気にかかって枯れ始めてるの。それを助けられるのが予言にあった吸血鬼、だから私はどんな事をしてでもそいつを連れて帰らないといけないのよ。」
「……うん」
「でも里の年寄り達は魔族をエルフの里に入れる訳にはいかん!って探そうともしない!だから私は里を抜け出して予言に従ってここにたどり着いた。」
「ふぁ~、メルちゃんてかっこいいね。」
「かっこいい?」
ようやく泣き止んだリリルに、今度はきらきらした尊敬の眼差しで見られるメルセデス。
「なんだかあうとろーって感じがする!」
「あうとろーね、よくわからないけど褒め言葉として受け取っておくわ。」
メルセデスは隣に座っているリリルの頭をぽんぽんと叩いた。
「ありがとね、なんの成果も得ないであのまま帰ってたら、里に居座ってる年寄り共と同じになるところだったわ。」
「えっと、えっと……」
メルセデスががほんの少し微笑んだ、それを見てリリルは顔を赤くする。
「なんだか……上手く言えないけど……メルちゃんが……捕まっちゃわなくて……よかったです。」
泣いてしまったり、慰められたりして、今更ながら恥ずかしくなって俯いた。
「よく考えるとここに来たのもきっとエルフの巫女のお導き、どうなるか分からないけど助けられたんだもの、もう少しこの町で頑張ってみることにするわ。」
恥ずかしそうに俯くリリルを安心させるようにメルセデスは優しい声で言った。
「あの、私もいっぱい手伝うよ!」
「そう、ありがと。」
「うん、まだまだランクは低いけど、私も冒険者だから、メルちゃんの力になりたい!」
「ふふっ、期待してるわ。」
身体の前でぐっと握りこぶしを作るリリルを見て、メルセデスはくすくすと笑った。
「ああっ、メルちゃん笑った!私、真面目に言ってるんだよ!」
「あはは、そうね。」
メルセデスはころころと表情が変わるリリルを見て何だか可笑しくなって笑った。
「もぉー!メルちゃん!」
笑いをこらえきれないメルセデスにぷんぷんと怒るリリル、いつの間にか二人揃って笑い声をあげていた。
それから、リリルはミーナに何とかしてもらうようお願いに行った。
◆ ◆ ◆ ◆
「おーい、リリル、いるか~?」
6の鐘が鳴る頃、リリルのお店のドアを叩く者がいた。
「あっ、ジル、今開けるよ!」
店のドアを開けると、ジルが何やら袋を持って家の中に入って来た。
「これ、食いものだ、野菜とか芋ばっかりだけどないよりマシだろ。」
そう言ってジルは持ってきた袋を差し出す。
「わぁ!ありがとう!ちょうどお芋がなくなったところだったんだ!」
「そっか、で、昨日の子はどうなったんだ?」
「えっと、メルちゃんなら……」
リリルはお店の奥の方に目線をやる。
「もう、何なのよ、この干からびた葉っぱ!」
奥の倉庫を掃除していたメルセデスは、乾燥中の薬草に悪態をついていた。
「メルちゃん、それは回復薬の材料なんだから大切にしてね。」
「わかったわよ、この木の実の入った箱はどこに置けばいいのよ。」
「あっ、それは今日使っちゃうからこっちに持ってきて。」
「なんだ、ここで働くようになったのか。」
「えっとね、ちょっとややこしい事になっちゃってね……」
リリルは困ったように笑って今日の顛末を話した。
「ごめん、こんな事なら門番にしっかり話をすればよかった!」
「そんな、私もこっそり通ろうなんて考えたんだから同じだよ。」
頭を下げて謝るジルをなだめる。
「まったく、ほんと、いい迷惑よね!」
二人のやり取りを聞いていたメルセデスが言う。
「なにを、お前なんて俺たちが助けなきゃ今頃スライムの胃袋の中なんだからな!」
「その前に起きてやっつけてるわよ、スライムの食事が遅いのは知ってるの!?」
「そんなの、関係ないだろ、ぶっ倒れてたのは間違いないんだから!」
「メルちゃん、ジル、やめようよ。きっとミーナさんが何とかしてくれるよ。」
口げんかを始めた二人をなだめるリリル、悪いようにはしないと言ったミーナの言葉を信じて待つ事にしたのだ。
「はぁ、そうね、今バタバタしてもしょうがないものね……」
「言い出したのはお前だろ。」
「何よ、うるさいわね!」
「もう、メルちゃん!ジルも!」
ほんの少し話しただけだが、二人の相性は最悪なようだ。
「でも、そのミーナってギルド員は信用できるの?」
「だいじょうぶだよ、すっごくいい人なんだ!」
両手の拳をぐっと握って真剣な顔でメルセデスに答える。
「そういう事にしておきましょう、もし変な事になったら今度こそ私は逃げるからね。」
「もう、メルちゃん、信じてないね!」
「当たり前よ、人間なんて信じられるものですか!」
メルセデスが人間を信頼していないのはエルフの里で読んだ本が原因なのだが、それはまた別の話だ。
「何にせよ、今は待つだけだな。」
「そうだね、私も明日学校に行かないと。」
「俺も関係者だから、できる限り協力するよ。」
「うん、お願い、ジル!」
◆ ◆ ◆ ◆
「ギルド長、お話があります。」
「ほう、珍しいな、ミーナ君から直接の話とは、よほど急ぎで重要な話と見た。」
大柄で筋肉質なギルド長は険しい顔をして珍しく顔を出したミーナを出迎える。
「私の知り合いの冒険者が亜人を不可抗力で町に連れ込んでしまったようです。今日はそのご相談に……」
ミーナはギルド長の感情を読み取りながら言葉を続ける。
「その亜人が問題なのですが……」
「ほう、亜人など場所によってはそれほど珍しくもない、我が国の北方には獣人やドワーフなどをよく町で見かけるが……」
「今回連れ込んでしまった亜人がエルフなのです。」
「すまぬ……私の耳がおかしくなければエルフと聞こえたが……」
「私も実物を見るのは初めてなのですが、エルフなのです。」
「何だと!!!」
ギルド長は驚いて椅子から立ち上がった。
「エルフと言えば、あの精霊の子と言われている伝説の種族のエルフか!?」
「はい、それに精霊魔法も確認しました。」
「なら、速やかに保護せねばならん!」
「待って下さい!」
珍しく血相を変えたギルド長を強い口調で引き留める。
「なぜだ、エルフ族と関係を築ければそれは大変な事だ、ぜひ保護せねば!」
「そこです!情報を流さずに保護を進めれば他のギルドと揉める事になります。そうすれば、特に商業ギルドは多少強引な手を使ってでも直接接触しにくるでしょう。」
ギルド長は動きを止めてゆっくりと椅子に座りなおした。
「確かに、単独で対処すると独占したと思われかねん、しかし放っておく訳にはいくまい……何かいい手があるのか?」
「通常通りの裁判にかけます。」
「……エルフは亜人だぞ、普通の処分より重くなる可能性があるが……。」
「裁判なら各ギルドからの陪席が得られます。」
「なるほど、我がギルドが利益を独占しようという印象は薄れる。それに正式な手続きを踏んで町に入れる事が出来る。その上、すべてのギルドが存在を知れば、うかつに手を出す事もできなくなる。」
ギルド長は目を瞑ってほんの少し考える。
「よかろう、今なら厄介な商業ギルド長も他の町へ出張中だ、可能な限り速やかに開廷の根回しを!」
「承知しました、直ちに裁判所と各ギルドへ招致の通達を出します。それと、招致書には「亜人」と記載して送ります。」
「わかった、頼む。」
それから二人は急いで席を立った。各部への根回しのためだ。
そして、その日のうちにミーナは各ギルドへの招致書を配り終えた。裁判は2日後となった。
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