第10話
「なるほど、こっそり町に部外者を連れ込んでしまって、その子が亜人、その上魔道具をなくして帰れなくなったと……。」
「はい……。」
「ふん!」
しおらしく下をうつむいているリリルとは対照的に不機嫌そうにそっぽを向いているエルフの女の子、メルセデス。
「あの、どうにかなりませんか?」
「そうねぇ……」
「うぅ……」
今まで見たこともないような困った顔をするミーナを見てリリルは涙目だ。
「まあ、普通に処理するしかないんだけど……。」
そう言ってそっぽを向いているエルフの女の子を横目で見ながら大きなため息をついて話し始めた。
「一番基本的な方法は、不法侵入をギルドに届けて判断を仰ぐことね。私たちの町に亜人に関する法律はまだまだ完全とは言えないけど、亜人なら人間より罰はほんの少し重くなるくらいで済むと思うわ。」
「あの、不法侵入の罪ってどれくらいなんですか……?」
「罰金として小金貨5枚から10枚、お金が払えない場合は一定の期間をどこかで働いてもらう事になるわ。」
「ふぅん、それくらいならやってやろうじゃないの!」
それほど重くなさそうな罰を聞いてメルセデスは不機嫌そうに言う。
「人間の場合はこんな風に定められてるんだけど……この子が亜人でエルフってところが少し複雑なのよ。」
「なによ、働いてお金を払えばいいんでしょ、そんなの簡単よ!」
メルセデスがあくまで亜人であることに言葉を濁すミーナ、そんなの楽勝だと息をまく対照的な二人。
「あの……何が複雑なんですか?」
「この国では不法侵入みたいな軽い犯罪でも簡単な裁判を受けてもらう事になってるの。その時にどんな罰を受けるのか言われるんだけど、今回の件は故意ではない不法侵入だからせいぜいさっき言った通り小金貨5枚から10枚ね。」
「じゃあ、小金貨10枚あれば何とかなるんですね!」
「リリルちゃん、最後まで聞きなさい。この子がエルフって所が問題になるの、人間ならお金を払えば何とかなるんだけどエルフの子を手に入れようと動く商人や権力者がいないとも限らないわ。そうなると亜人ということを利用して、何かとちょっかいをかけてくるかもしれないわ。」
「どうしてですか?」
「それはあなたが一番分かってる事じゃない?」
ミーナは不機嫌そうにしているメルセデスに視線を向ける。
「そうね、私も聞いた話でしかないけど、昔のある帝国はエルフをさらってそこから得た魔法技術で世界を征服したとか、本当かどうかは知らないけどね。」
「当たらずとも遠からずという所かしら、つまり、この子を何とか利用できないかと考える奴らがいるかもしれないのよ。」
その話を聞いてメルセデスはさらに不機嫌になる。
「残念だけど、私は人間にいいように使われるくらいなら舌を噛んで死んでやるわ!」
「例えばの話よ、この話はまだ私達しか知らないから、今ならいくらでもうつ手はあるわ。」
「なによ、あんたを信用しろって言うの!?」
「今は信用してとしか言えないわね。」
「ふん、人間なんて信用できるもんですか、私は逃げる事にするわ!」
「それもいいでしょう、でも、もし捕まっちゃったらどうするつもり?そうなると罰は何倍も重くなって下手すると犯罪奴隷になっちゃうわよ。」
席を立とうとするメルセデスにミーナは釘を刺す。
「ぐっ……」
「あわあわ……。」
「この話を聞いた以上、噂が広がる前に手を打つ必要があるわ。だから今日の6の鐘までは待ってあげるから、それまでに逃げるか裁判を受けるか決めなさい。」
「あの、ちなみに犯罪奴隷になるとどうなるんですか?」
「……あまりいい話はないわよ、競売にかけられて強制的に労働させられるのよ。男ならきつい肉体労働、女なら運がよければ貴族の小間使といったところかしら。」
「ええっ!!」
「ふん、だから人間は嫌いよ!」
メルセデスは机をバンと叩き、肩を怒らせて店の奥へ消えていった。
「みっミーナさん……。」
「ごめんねリリルちゃん。こういう事は最初にはっきり言っておかないと、特にあの子がエルフってところがね。」
「すみません、私が……」
リリルはすまなさそうにミーナに言った。困った顔のリリルにミーナは優しそうに微笑む。
「大丈夫よ、正直に言ってくれたんだから悪いようにはしないわ。」
「私、メルちゃんの所に行きます!」
「そうね、私もそろそろお暇するわ。6の鐘までは待ってあげるから、よく考えて決めてね。」
二人は同時に席を立ち、リリルはぱたぱたと奥の方へ走っていった。
「さて、私も準備しますか……。」
一方、ミーナは一つ背伸びをして、お店の出入り口の小さなドアを開けてギルドに急いだ。
「め、メルちゃん……」
「なによ!」
メルセデスは寝室で少ない自分の荷物をまとめていた。
「どこに行くの?」
「逃げるのよ、この家からも、この町からも!」
「で、でも、入り口には門番さんがいるよ!」
「そんなの魔法で吹っ飛ばしてやるわ!」
「ダメだよぉ、ミーナさんが言ってたでしょ、もし捕まっちゃったら犯罪奴隷だよ!それに人探しはどうするの!?」
リリルはメルセデスの腰にしがみついて何とか止めようとする。
「じゃあどうしろって言うのよ、このままこの家にいて人間のされるがままになれって言うの?」
「それは……わかんないけど……、でもミーナさんは何とかするって……。」
メルセデスの剣幕にリリルは消え入りそうな声で答える。
「あんなの信用できるもんですか!」
「うぅ、グスッ……」
「なっ、なに泣いてんのよ……」
「グスッ……泣いて…ないもん!」
リリルは目からこぼれる涙を必死に拭う。
「泣いてるじゃない。」
「だって、だって、メルちゃんが、メルちゃんが……。」
「なによ、悪いって言うの?」
「うわ~ん!!」
リリルはわぁーっと泣き始めた。
「ちょっ!」
「メルちゃんが、メルちゃんが~!」
「わっ、わかった、わかったから!」
メルセデスはわんわん泣くリリルにかけよって何とかなぐさめようとする。だが、里では自分より年下のエルフはいなかったから、勝手が分からずおろおろするばかりだった。




