二人の逃げ場所
前回の後書きにも追加しましたが、ナイアとティアナは9歳です
「じゃあティアナ、どこ行くの? 僕この森と周りの街ぐらいしか知らないよ」
僕が覚えてる最初の景色は、誰もいない街の汚れたベッドの上、誰かを探して歩き回って、でも周りには誰もいなかった。やがて僕はこの森に入って、獣を狩り、草を食べて暮らした。その頃はまだたくさんの人が僕を殺しに来てたっけ? まあそんな事はなんでもいいや。今は僕の事じゃないもんね。
「うーん……」
「どうするの?」
「わかんないや。私この間まであの人達に捕まってたから」
「そうなの?」
「うん。知らない人が逃がしてくれたの」
「じゃあその人のおかげで僕はティアナと会えたんだね」
その人にあったらありがとうって言わなきゃ。
「ナイアって、いつもはどこにいるの?」
「いつも? ここからすぐのところ。ちっちゃい穴だよ。あ、ちょっと待ってね」
そう言って僕は腰の後ろに掛けた短剣を抜く。ここから少し離れた所に動物がいる。今日のご飯だ。でも、動物を呪いで殺しちゃうと味が不味くなる。あと臭い。だから呪いを使わないように殺さないとダメ。近づいたら呪いのせいで死んじゃうから、この短剣を投げて殺す。もっと楽な方法ないかなぁ……
「はい、おしまい」
僕らに気づいて襲ってくる前に、僕は動物の目を短剣を投げて潰した。そうしたら大体の動物は殺せるからね。この動物……ブラッディーボアって言うんだったかな? も短剣が刺さったせいで暴れてたけど、しばらくして倒れた。でも、まだ生きてるかもしれないからまだ近づかない。生きてたら呪いで死んじゃって不味くなっちゃう。
「ナイア?」
「待ってね。呪いで殺しちゃったら美味しくなくなっちゃうから」
「ナイアの呪いって人だけに聞くんじゃないんだね」
「えーっと、草とかには効かなくて、動物とか人には効くよ」
草に効いちゃったらこの辺りはもう森じゃないからね。なんでかは知らないけど、命じゃないのかな?
「それ以外は?」
「ティアナ」
「えへへ……ってそうじゃなくて、草とか動物とかみたいなの!」
それ以外? あとは……あ、死んだね、ボア回収回収。で、呪いが効かないのは……あ、
「精霊には効かないらしいよ」
「らしい?」
「聞いただけだから」
「誰に?」
誰……誰だっけ? 誰かがそんなことを言ってた気がする。あ、確か前にここに来て、僕に会ってその事を呟いて帰って行った人だ。それを確かめに来た……的な事を言って帰った気がする。まあどうでもいい事かな、僕には関係ないし。
「この森に来た人だよ」
「いろんな人が来るの?」
「うん。僕を殺そうとする人、僕を連れ帰ろうとする人、僕を利用しようとする人、僕に殺されに来る人、僕を調べようとする人。それと、僕を助けようとする人……いろんな人がいろんな事をしに来るよ。それに、ここに動物を狩りに来る人も。最近は少ないけどね」
「ナイアを……助ける?」
「そうだよ。僕の呪いを、望んでないものって思った人が僕をなんとかして助けようとしたんだ」
「その人は?」
「何回か僕のところに来たよ。でも、しばらくしたら来なくなった」
「殺さなかったの?」
「? 悪い人じゃなかったら殺しちゃダメなんだよ?」
悪い人は殺してもいい。でも、その人が悪い人じゃなかったら殺しちゃダメ。当たり前でしょ?
僕を助けようとした人は良い人だから殺さない。僕を殺そうとする人は多分悪い人じゃない。だって僕は化け物だから、殺されないといけないから。でも、殺すのなら殺されるかもしれない、それは当たり前の話。だって動物を殺すのは自分が生きるために必要な事。でも僕が動物を殺そうとしたら動物も僕を殺そうとする。それが普通の事なんだ。
でも、僕を殺そうとしない、関わらない人なら別に僕も殺そうとしない。さっきみたいに悪い人なら殺すけど。
「じゃあ普通にここに人って来るの?」
「来るよ。近くの街には誰も住んでないけど、ここの動物を狩りに来る人はたまにいるし」
「この動物? おいしいの?」
おいしい……おいしいのかな? 呪いで殺した動物は不味くなっちゃうけど……
「おいしいってどんなの?」
「おいしいっていうのは…………わかんない」
「じゃあとりあえず食べよっか。ここだよ」
僕が住んでる穴に着いた。ここは僕とかティアナみたいにちっちゃくないと入れないから、おっきい石とかで隠したら見つからない。でも、中は広いからちょうどいいんだよね。
「ただいま〜」
「ただいまって何?」
「自分が住んでる所に帰ってきたときに言うんだよ」
「じゃあ私はただいまじゃないね」
「そうだね」
「おかえり」
誰っ?!
僕はすぐにティアナを僕の後ろに引っ張った。そこにいたのは頭に動物の角を生やして、背中に羽? かな? 鳥とはちょっと違う……洞窟にいるコウモリの羽見たいなのをつけた男の人だった。
「…………」
「まあそう警戒しないでほしい。俺は君達を保護しに来た」
「…………嘘じゃない?」
「ああ。やはり分かるんだな」
また僕を、今はティアナもだけど、助けようとするんだね。でも、近づいたら死んじゃうからそれはできないよ。
「ねえナイア、この人、悪い人じゃないよ」
「うん。でも、怪しい人」
「じゃあどうしよ?」
どうしよう?
「とりあえず、死んじゃうから出て行って」
「お前、容赦ないな。だがその心配はない。お前の力では死なないからな。この通り」
そう言って僕達に近付いてくる男の人。でも、僕の呪いがある場所に来ても、この人は死ななかった。
「呪いが効かない?」
「おじさん、死ねないの?」
「いや、普通に死ぬ」
じゃあなんで? 今まで僕の呪いを受けたらみんな死んだよ?
「お前のその力が俺を殺すには弱いからだ」
「…………おじさん、だれ?」
「遅いな。自己紹介のタイミングを見失っていたんだが……まあ問われたのなら答えるしかあるまい。我が名はデルゾヴィア、デルゾヴィア=ルナリア。今代の魔王だ」
まおう…………?
「何それ? ティアナ知ってる?」
「うーん…………私も知らない」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………本当に?」
「「うん」」
「そう……か、そうかぁ……、人間の物語なんて知らないもんなぁ……よかったぁ……」
何故か安心したように息を吐いた魔王。ていうかなんというか……最初の怖い人みたいな感じないね。怪しいけど、やっぱり悪い人じゃないね。
「ナイア、ナイア、話、聞こ?」
「そうだね。僕達を……ほご、だっけ? 助けるって事だよね? どうするの?」
「ああ、俺は魔王、まあ簡単に言えば魔王っていうのは人間とは違う、魔族っていうのの一番偉い立場の魔族の事だ。魔族についての説明は面倒なので省くが……。お前達を保護して、俺の住んでる城の、お前の力を誰も受けないような場所に連れて行く。ちゃんと食事も用意するし、望むならお前の力をお前がきちんと使えるようにもしてやる。そうすれば、お前は普通に人に近づけるようになるかもしれない。ティアナにしても同様だ」
「ティアナを傷つけたり、ティアナが嫌がる事はしない?」
「ああ、お前が言っているのはティアナの不死についての研究だろうが、正直興味ないのでな、そう言った事は一切しないと誓おう」
それなら……良いのかな? 僕は別に問題ないけど……
「ティアナ、どうする?」
「えっと……魔王、さん?」
「デルゾヴィアでいいぞ」
「じゃあ……デルゾヴィアさん。私に痛い事をする人達は、そこには来ないの?」
「…………ああ」
「嘘」
今のは嘘だ。嘘をついてる人の目だった。
「…………正直に言おう、来ないとは限らない。だが、来てもお前達の元へは辿り着かせない」
今のは本当だ。だから僕はこっちを見るティアナに頷いてあげる。大丈夫だよ、と。
「じゃあ、私は着いていく」
「ティアナがいいなら、僕も」
「よし、決まりだ。では早速行こうか。そのボアは……後で食べるでいいか?」
「いいよ」
「なら、俺の羽で飛ぶ。しっかり捕まっていろ」
僕とティアナはデルゾヴィアの腕に抱かれて、元々はなかったはずの大きな穴から外に飛んだ。
僕はその日、初めて森と街以外の場所を見た。