王妃様は物好きである
メイドのアリスは、ソフィーを部屋まで案内していた。
今通っているのは長い渡り廊下で、咲き乱れる庭園の春の花々が飛びきり華やかに見える場所だ。
そんな美しい背景に、ソフィーの姿はよく似合っていた。
さらさらと揺れる純白の髪は結うことも編み込むこともせず、髪飾りすらもついていない。普通ならば地味すぎると言われるところなのだろうが、彼女の場合はそのままの髪が美しすぎるので、ここに手を加えることこそ不躾であるように思われた。
そんな髪の色と競うように白い肌はまるで作り物のように傷ひとつなく、珍しい赤の瞳のせいもあって、本当に人間なのかと疑ってしまいそうだった。
(ええと……今年で二十歳におなりだったわよね、この方)
アリスはソフィーの顔をちらちらと見ながら考える。
(その割にずいぶんとほっそりして、繊細そうな方ね。…………陛下に酷いことなどされないと良いのだけど。ちょっとでも力を加えたら、ぽきりと折れてしまいそうだもの)
「どうかなさいましたか?」
その声でアリスは我に返った。
ソフィーはいつの間にやらアリスの視線に気づいたようで、彼女にふんわりと微笑みながら「わたくしの顔に何かついていましたか?」と問いかけてくる。
「あっ、えっと、違うのです。不躾に見てしまって申し訳ございません! ただちょっと気になってしまって」
「何が気になったのですか?」
「ええと、その」
アリスは口ごもった。
アリスは迂闊な少女だった。場にそぐわないことを言っては叱られてばかりいた。だから、王妃を前にした時くらいは考えてものを言おうと試みたのだ。
しかし、その試みは失敗した。考えが足りないままで、口から言葉が飛び出した。
「王妃陛下は怪物と呼ばれる陛下が怖くはないのかと、気になっていたのです」
「まあ」
ソフィーは目を丸くした。
「陛下は怪物などではありませんよ? 陛下に角は生えていないし、お口が耳まで裂けていて牙がのぞいたりもしないではありませんか。あの方の黒い髪も青緑の瞳も、確かに人のものではありませんか」
「そ、それは確かにそうなのですが…………しかし、陛下の戦の強さや苛烈さを耳にすれば、陛下が人ならざるものかもしれないと思ってしまうのも無理のない話なのです。陛下のお父様は先の王弟殿下で間違いないのですが、お母様の方は身元が分かりませんし…………陛下は人と怪物の間にもうけられた子なのではないか、と」
この国の王を侮辱するような噂を力説してしまう迂闊なメイドに、ソフィーは困ったような顔を見せた。
「いいえ、陛下は正真正銘、人と人との間にお生まれになった純粋な人間でいらっしゃいます。わたくしには……分かるのです」
アリスは不思議そうな顔をした。
「どのようにしてお分かりになるのですか?」
「…………匂いで」
「何とおっしゃいましたか?」
「いいえ、何でもありません。わたくしの確実に当たる直感が働いたということですわ」
「なるほど……?」
何も分かってはいなさそうな顔でアリスが頷く。
「……それに、万が一あの方が怪物だとしても、わたくしは何も恐ろしくはないのです。……だって、わたくし」
ソフィーはくすくすと笑った。
「さあ、参りましょう、可愛らしいメイドさん。何はともあれ、わたくしの心配をなさる必要がないことだけは確かですわ」
そう言うと、ソフィーはアリスの手を優しく握った。その細い指は少し冷たくて、アリスは目を見開く。
「メイドさん、王妃の部屋はあちらのはずですわよね?」
日の光を浴びてきらきら輝く硝子細工のような、無邪気で儚げな笑みを浮かべ、王妃はメイドの手を引いた。