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神ノ川高校は極めて普通な進学校である。大人しいとか素行が良いと例えれば分かり易いのだろうか?住民達による学校への評価は可であり不可は無し。とても好意的に迎えられていた。
そんな生徒達に対する教師陣の評価が悪いものである筈は無し。風紀や校則での縛りも周辺他校と比べて極めて生温いものであった。その代表的なものが校舎屋上への立ち入り許可である。普通ならば事件や事故を恐れて立ち入り禁止となるべき所である。この学校の教師達がどれだけ自分達の生徒を信じているかが知れようと言うものだ。
昼休みの屋上には食事を広げる数人の姿があった。食後外で遊ぶなら庭、校内でくつろぐなら教室、屋上で暇をつぶすのであるならば屋上で食事をとると相場は決まっている。今この場所に居るのであるから遠藤光瑠も当然屋上組の一人であった。彼のメニューは今朝登校途中のコンビニで仕入れた菓子パンである。彼はメロンパンをこよなく愛する孤高の男子であった。
「まーたそれ?」
光瑠の取り出した菓子パンの内の一個を見ながら彼の向かいに腰掛ける麗が言った。彼女の太ももの上にはハンカチを敷いた小さなお弁当箱が載っていた。
「いいじゃねーか。好きなんだよ」
「ダメダメだね。そんな事じゃ女子力上がんないぞ」
斜め向かい麗の右に座る縁子が追い打ちをかけて来る。彼女もお弁当組である。
「俺が女子力上げてどうすんだよ」
「お嫁さんになった人が楽できるでしょ」
縁子に続いてそう麗は口を出す。脇までのセミロングな黒髪が綺麗な女子だ。勝気な所が短所ではあるものの顔付きも上品で予想外に押しに弱い所が愛らしさを引き立てている。神ノ川高校に通う他の女子一同と同様に華奢なスタイルだが何故か着ているベストの脹らみはここにいる三人どころかクラスでも断然トップである。その清楚な雰囲気と似合わない大人びたシルエットが光瑠の心を掴んでいるのも当然の話であった。そうかと言って自分の本心を白状する訳にもいかない光瑠は精一杯の虚勢を張った。
「お前が嫁に来る訳じゃ無いだろ」
「当たり前でしょ。わたしは売約済みの札が下がっているんだから」
「うーん。本気で相手してくれるんなら私が付き合ってあげるけど?」
助け舟のつもりなのか光瑠の左横に腰掛ける清霞が話に加わった。都合三人の弁当派閥に囲まれた菓子パン党男子ではあったが宗旨替えの予定は無かった。だから友人の好意を丁重にお断りした。かと言って付き合ってくれると言う所までは拒むものではない。その程度の打算は残していた。
「ありがとうございますだ。好意があるのでしたら受け取っておきます」
「あたしパス一」
「パス二」
「パス三」
女子たちの答えは辛い。さっきは付き合うと言った清霞までもがパスと言ってきた。これには光瑠もムッと来た。
「お前ら、後でゆっくりと話がある」
「パス四」
「パス五」
「パス六」
「あー。いいよいいよ」
光瑠は立ち上がると高々と右手を挙げた。摘まんでいた菓子パンのビニール袋は風を上手く捕まえて大きく膨らむ。そこで指を離すと袋は風にさらわれた。それを見ていた麗は抗議の意を込めて声を上げる。日常的にパンの袋を風で飛ばす光瑠の行動には良い感情を持っていない。それに縁子がからかうように同意する。
「あっ!またー」
「自然破壊禁止ー」
「いずれ土に還るから大丈夫」
「何十年先よ」
麗の声を背中で聞きながら光瑠は暑い初夏の風に乗って飛んで行く菓子パンのビニール袋を見送った。時期的には梅雨であるから今朝も昨日も雨であった。しかも蒸し暑い。だが今は気持ち良い乾いた暑さである。飛び去るビニール袋を見送った光瑠は元の場所に尻を付けると次のパンのビニール袋を破いた。




