血統種部隊
誰かが叫んだのを皮切りに、現場は騒然となった。
「本当だ! 紅い物を身に着けてるのって血統種部隊の隊員の目印なんだよな?」
「もしかして今の風も彼らが? すごい!」
「俺初めて見ますよ! 同期の奴らに自慢できるわ!」
興奮と感嘆と。各々が思い思いに声をあげる。
「血統種、部隊……」
遠くにちらつく紅色をみつめたまま、思わず呟いた。
周りの皆に比べたらずいぶんと地味な反応だけれど、私だって驚いたから。
通常種部隊の中でも地方の小基地に駐在して、しかも普段天罰の現場に出ることのない、医務室勤務の私が。
まさか現場で、本物の血統種部隊に遭遇するなんて。
新米隊員もベテランの隊長達も我先にと駆け寄り、あっという間に血統種部隊らしき面々を挟む形で人の生垣が完成した。
と言っても、彼らの行く手を阻まないよう数メートルの距離を置いて。
同じ対天罰軍の一員とはいえ純粋な人間である『通常種』の隊員にとって、神の力を持つ血統種隊員は雲の上の存在。
軍内では組織も立場も任務も、完全に区別化・差別化されており、限られた一部の上級職でなければ通常種隊員が血統種隊員に関わる機会は生涯無い。
通常種隊員にとって血統種は神聖で畏れ多い、誉れある憧れの戦士。触れる程に詰め寄るのは憚られたようだった。
「ちょ! 押すな押すな!」
「わわわ!」
羨望に瞳を輝かせた通常種隊員達によって、生垣の最前列に押し出されてしまった私とアルマン。
そのおかげで、彼らの姿を間近で拝ませて貰うことができた。
ヒーローのように現れた、血統種部隊員は全部で三人。
一人は背が高い男性。
少し灰がかった黒い短髪に、優し気に垂れた目。少し上がった口角は微笑んでいるようにも見える。
軍から支給されている唯一の制服ともいえる長袖の黒いハイネックトップスに、タイトなベージュのパンツ。腰には紅い布をベルトのように巻いている。
その隣を歩くのは、金髪の女性。
後光が差しているのではとたじろいでしまうほど、輝くように美しい顔立ちだ。
肩上の長さに切り揃えられた金髪を細い指先でそっと耳にかけると、紅いピアスが揺れているのが見えた。
その仕草一つをとっても香り立つように美麗だ。
そして、彼らの一歩前を進む中央の男性。
黒いトップスの上から深紅のマントのような服を羽織っている。
丈は膝位まで。前を閉じるボタンはない。肩から袖口かけて広がった袖は見たことが無いデザインだ。そこから覗く左手には、陽炎の様に揺らめく不思議な大剣が握られている。
「クオン・トキミヤだ……!」
誰に語り掛けるでも無くこぼれたアルマンの言葉。驚きと緊張が混ざった声色だった。
次第にクオン・トキミヤという名前があちこちで連呼されるようになり、周囲のざわめきは一際大きくなった。
「え、うそ本物?」
「確かに、噂に聞くクオン・トキミヤの特徴に当てはまるよな?不整形な大剣、深紅のマントの様な服、それから――」
「かっこよすぎる……」
そう桃色のため息をついたのは、隣にいた若い女性隊員グループだけではないだろう。
陶器のように滑らかな肌。
真っ直ぐに通った鼻筋。
歪みの一切ない輪郭。
艶やかな黒い前髪の隙間から覗く漆黒の瞳は、切れ長の輪郭に縁取られて鈍く光っている。
容姿端麗。簡単に表現するとそうなる。
けれど、自分の事で周囲が大騒ぎしているにも関わらず、眉一つ動かさずに真正面を見据えるその表情は少し、怖い。
固く、無機質で、人間の体温が感じられない人形のような不気味さ。キレイだけれど……キレイだからこそ怖い。
そんな風に怯えているのは私だけだったようで、周囲の興奮はとどまる事なく膨らんで行く。
「噂以上にかっこいい〜!」
「髪も目も黒いってことは、一区の出身かな? クオン・トキミヤは一区神話の“スサノオノミコト”の血統種だって噂だったし!」
「きっとあの左手のが、噂の十束剣だぜ! あれを一振りした突風で火を消したんだ!すげえ!」
皆、目の前の現実と、噂話とをすり合わせるのに懸命になっている。
無理も無い。クオン・トキミヤという人はそれ程の存在だった。
『対天罰軍最強』『最も優れた血統種』それがあの人を形容する上で欠かせない言葉だ。
各国が停戦協定を結び、事実上の終戦を迎えたのと同時に、対天罰軍の前身組織は結成された。
後に天罰と称される事件を調査するため、十三の国の戦闘員から精鋭だけを集めて作られた襲撃事件調査組織。
クオン・トキミヤさんはそのメンバーの一人。
現在は軍総司令直属の部隊である「対天罰部隊」の長。
老いも若きも、男も女も、軍内の誰もが知る血統種であり、憧れの的だった。
「なんで、ここに来たんだろう」
突然の有名人の登場にはしゃぐ隊員達をよそに、アルマンが言う。
「なんでって……消火の手伝いにきてくれたんじゃないの?」
「こんな後の祭り的な現場に、わざわざ来ると思う?対天罰部隊のトップが」
凄惨な襲撃現場を雑に言い表す弟の言葉は気になるけれど、言われてみればそうだ。
対天罰部隊の任務はトップシークレットで、彼らが普段どこで何をしているか、私たちは知る由もない。
けれどその名の通り、天罰に対抗するためのなにか、をしている事は確かだろう。
だとしたら、既に天罰が下った後のこの場所に何の用があるのか。
調査のため?それにしては早すぎる気がする。
天罰が起きた場合、通常種の調査隊が被災地の状況を報告し、それでは不十分だった場合のみ血統種の部隊が動く事があるようだけれど。
通常種隊員の0.01パーセント、一万分の一しかいない貴重な血統種隊員が、しかもその精鋭部隊の長が、どうして。
「運命の女神を、探しに来たのかな」
アルマンが低く呟いた瞬間、唐突にクオン・トキミヤさんと目が合った。
暗い、深い闇色の瞳。獲物を狙う鷹のように鋭い視線い突き刺され、硬直する。
「姉ちゃん?どうしたの?」
すぐ隣にいるはずのアルマンの声が、ぼんやり響いているようにしか聞こえない。
息が苦しい。首を絞められているような圧迫感がある。
気が付くと、クオン・トキミヤさんは私の目の前に立っていた。
「マリア・シャレット。お前は今日から対天罰部隊の一員だ」
周囲から悲鳴のような驚きの声があがった。
……のは何となくわかったけれど、それすら遠く感じる。
今、この人は何て言ったのだろう。
誰に言ったのだろう。
酸欠状態で起こった不測の事態に、頭が回らない。
「は……?」
かろうじて返せたのはその一言。
息も絶え絶えに答えた私の言葉は、舞い上がる風にのまれ、消えた。