天罰とは
『天罰』が始まったのは十年前。世界大戦真っ只中の事だった。
この世界を成す十三の国すべてが戦火に包まれていたあの頃。突然それは始まった。
世界各地の都市町村が突然襲撃され、住民が皆殺しにされるという事件が次々と起こったのだ。
それは敵国からの攻撃とは明らかに異質だった。
家屋や動植物は無傷なのに、住民だけが黒焦げになって発見された村があった。
まるで人間だけを狙って雷が落ちたかのように。
海から川からも離れているにも関わらず、全ての建物が浸水し、人々が水死体となって発見された町もあった。
まるでその土地だけを津波が襲ったかのように。
どの国のどの場所も、到底人間の仕業とは思えない滅ぼされ方をしていたのだ。
この非常事態に各国は次々と停戦協定を結び、襲撃事件の調査を協同して行った。
そして出されたのが、一連の事件は神々による人間への『天罰』だという結論。
絶えず戦を繰り返す愚かな人類を、神々が見限り、滅ぼそうとしているのだという憶測だった。
「そんなバカな」と呆れる人はいなかった。
それぞれの国にはそれぞれの神様達がいて、それぞれの神話がある。
しかし生身の神様を見た人は今の世にはいないだろう。
にも関わらず、誰もが神という存在に確かな現実感を持っているのはなぜか。
それは神々の血と能力を受け継ぐ『血統種』の存在故に他ならない。
全人口の0.01パーセントに満たない数ではあるが、彼らは確かに在る。
戦争、守衛、研究、商業と、それぞれの能力を生かせる場で通常の人間と同じように働き、暮らし、生きている。
神の子孫を目の前にして、神の存在を疑う人なんていない。少なくともこの世界には。
「くそ!こんなバケツじゃいつまでたっても消火できない!」
「次の給水馬車はまだか!もう水が無くなるなるぞ!」
バケツリレーの列から一人、また一人と隊員達が抜け出す。
皆苛立った様子で、バケツを地面叩きつけている。
天罰から人類を守る。その志を持って対天罰軍に志願し入隊してきた人々。しかし神の力を前に出来るのは、自分の非力さを痛感する事だけ。
いつだって、私達が天罰の現場に駆け付ける頃には全てが終わっている。
必死に馬を走らせても、誰も助ける事が出来ない苦痛。
何度も何度も、出動の度に心の深い場所を侵食するように溜まっていく無力感。
彼らの気持ち、そして何より突然命を奪われた被害者の人々の事を想うと、押しつぶされそうな程胸が重くなった。
神様には抗えない。普通の人間――『通常種』では。
唯一、対抗し得るとしたら――
「わっ・・・」
突如、凄まじい突風が火の海を通過し、勢いを増すばかりだった炎を一瞬にして掃った。
あちこちで驚嘆の声が上がる。
「な、んだ今の風?姉ちゃん、大丈夫?」
咄嗟に私の肩を抱え、身をかがめてかばってくれていたアルマンが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「だ、大丈夫、ありがとう。なに?なにが起きたの?」
目の当たりにしている景色が、ほんの数秒前とはあまりにも違っている。火の紅は、どこにも見当たらない。
在るのは黒ばかり。
あれは燃えて墨になってしまった家屋の柱だろうか。
それとも性別も年齢もわからない程焼かれてしまった村民のご遺体だろうか。
アルマンに肩を支えられたまま、周囲を見渡す。
すると地面に横たわる黒いもの達から細く登る煙の隙間を縫って、再び紅が視界の中に飛び込んできた。
その場にいた全隊員達の視線が、その紅に集中する。突風と同じ方向からこちらに近づいてくる人たち。あれは――。
「血統種だ!血統種部隊が来てくれた!」
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