彩芽の怒り
冷しゃぶサラダも一心不乱に食べてしまい、彩芽から冷ややかな目を向けられた俺は味わって生姜焼きを食べた。
うん、凄く美味い。
甘く旨い濃厚な肉汁が口の中に広がり、生姜と醤油が喧嘩などせず味の良いアクセントとなって味を昇華させている。
これを作ったシェフを呼び出して感謝と共に財布の全財産を渡したいぐらいだ。
って、作ったのは俺でした。
「うわぁ。口に出してなくても馬鹿な事考えてるって分かる馬鹿面してるよ」
「うるせえ!さっさと皿洗えって、あれ?
そいやなんで私服なんだ?」
食器を片している彩芽の服が制服じゃない事に疑問を感じ、そのまま口にした。
いつも学校のある日は制服で朝食を食べに来るのに、今は私服だ。
「いまさら気づいたの?」
あれ?なんかキレてる?
呆れたように彩芽が理由を説明し始めた。
「昨日の出来事のせいで学校は封鎖。
教室どころか学校自体がダンジョンに変わって勉強を教えられる部屋がないからね。
どこかで会議室を借りるにも全国の高校や大学が同じ状況で部屋が足りない。
というわけで、なんとかするまで長期休暇ーーつまり、凄く早い夏休みが来たってわけ」
「夏休みって……まだ、5月だぞ?」
「そこは分かりやすく例えただけ。っていうか、スマホ見たら?学校からメール来てるよ?」
言われたままスマホを見ると確かにメールが来ていた。
そこには彩芽の言う通り一先ず1ヶ月の間、学校は休校になると書かれていた。
親向けに送られたためだろう、無駄に長い文章で何故か謝罪込みで書かれている。
ダンジョンの出現は超常現象というか自然災害のようなものだ。
それでも、学校に文句を言う人がいると察知しての予防線だろう。
「テレビは朝からダンジョン関連ばっかだよ」
食器洗いを終えた彩芽がテレビの電源を入れた。早速、街でダンジョンについてインタビューしてる場面だった。
「見てくださいよこれ!」
一般の女性がスマホを見せてきた。
その画面には女性と恐らく女性の友達がスライムと顔をくっつけて自撮りした写真。
「あ、かわいい。
って!危険じゃないんですか?」
「なんか良く分からないけど、友達の武器で麻痺らせて安全でした!
というか、冷たくて気持ち良いですよ!」
凄えな、この人。
ゲームとかの定番の雑魚キャラとはいえ、謎の生命体であるスライムに対してこの扱い。
そんな感想を抱くと画面が切り替わり、次々とモザイク付きで挙げられていくスライムと自撮りしている女性の写真。
「このようにダンジョンは女性に人気で、SNSではスライムとの写真が多く広まっています。
これはハリウッド女優のーー」
「……」
昨日のダンジョン=危険という報道とは真逆でダンジョン=面白い撮影スポットという報道をしているテレビに唖然としていると彩芽が話しかけてきた。
「凄い掌返しだよね。確かに危険度☆3未満の1階層は安全かもしれないけど、☆3以上のダンジョンで死人が出たのは変わらないのに」
「全くだ」
「直ぐにハジメみたいに危険な目に合っちゃうかもしれないのにね」
「本当だよ。ボススライムやオークを見た時は……って、何のことでしょうか彩芽さん?」
しまった!
ここで俺は罠にかかったことに気づいた。
昨日、彩芽は俺に1人でダンジョンへ行くなと言っていた。それを破ったことがバレた。
いや、まだバレたと決まったわけじゃない!
「ねぇ、知ってる?テレビでやってたんだけどダンジョン産のアイテムを初めて触れる?時、その情報が入ってくるんだって」
「あ、あぁ。そうらしいな」
冷や汗が流れる。
昨日も言ったが、彩芽は怒ると手が付けられない。
アレは去年の夏の日だった。
クーラーが故障して参ってた俺は彩芽の家に避難したのだが、タイミングが悪かった。
いや、親しき仲にも礼儀ありという言葉を忘れてた俺が悪かった。
チャイムを鳴らさずドアを開けた俺の目の前には上下黄色の可愛らしい下着姿で団扇を扇ぐ彩芽。
眼福と思ったのも束の間、プロボクサー顔負けの素早さで俺との間合いを詰め正確に鳩尾を拳で貫いた。
しかし、それだけでは終わらなかった。
そのまま俺の頭を掴み……
うっ!頭が!?
俺の身体はアノ日の記憶が蘇りかけたせいでブルブルと震えて止まらない。
当の彩芽は昨日の体調不良からきていた塩っぽさはどこ吹く風、今は般若のオーラを纏っている。
「それでね?これはさっき気付いたんだけど、それは例え加工済みで、手で触れなくても口に入れた時も同じなんだ。ねぇねぇ、どうしてコレに気付いたと思う?不思議だよね?」
「えっと、それは」
「どうしたの?顔が真っ青だよ?」
おしまいだ。誤魔化しきれない。
俺は耐えきれず頭を下げ叫んだ。
「申し訳ございません!
1人でダンジョンに挑戦しました!」
「歯を食いしばりなさい?」
「!」
俺はこれから来るであろう痛みに備え目を瞑り、歯を力一杯食いしばった。
「っ!」
バチンという音に遅れて強烈な痛みが頰を襲う。しかし次の瞬間には何故か柔らかな感触が全身を包んだ。
……暖かい。
「生きてて良かった!馬鹿!
ハジメが居なくなったら私!私!」
「悪い」
彩芽は俺に抱きつき泣いていた。
俺は泣き止むまでジッと耐えることしか出来なかった。
○●○●○
「さて、今後の方針なんだけど!」
落ち着いて顔を洗ってきた彩芽は先程までとは違い、いつも通りの元気いっぱいに口を開いた。
「2人でレベル上げするよ!
ゲームと一緒でレベル上げまくれば敵なんていないんだから!」
「おぅ」
彩芽はゲームとかではゴリゴリの脳筋派で、レベルを上げて敵を蹴散らすプレイが好きだ。
必要最低限しかレベル上げをしない俺とは真逆と言える。
「そうと決まれば早速ダンジョンに挑戦するよ!」
「ちょっ」
彩芽は強引に俺の手を掴み、スマホを操作すると瞬きの合間にダンジョンの1階層へワープした。
念のために短剣をポケットに入れて置いて良かった。