それは突然訪れる
名前は出してませんがお婆ちゃん達の名前はトメさんとウメさんです
元気なのに入院しているお婆ちゃん達
いやいや、理由はきっとあるんです
多分……
婆さん達は世間話を始めた
俺は会話に加わることなく、窓外で風に舞う桜の花びらをボーッとながめる
この桜が最後かもしれない
そんなことを考えていた
気がつくと時計の長針が12を指し音を出し始める
そろそろ薬の時間だ
帰らないといけない
俺が席を立とうとした時、バタバタと廊下を走る音がした
誰か様態が急変したのか?
「おやおや、来たよ。私らの可愛い天使ちゃんが」
天使、ちゃん?
そう言った婆さんの頭を心配しつつ、俺は席を立つのも忘れて足音が聞こえる方を見た
「―――!!」
そこにいたのは看護師でも医者でも、もちろん天使でもなかった
女子高生、普通の女の子だ
「あ!お婆ちゃん達やっと見つけた!」
女の子は手を振ってこっちへやってくる
「天使ちゃんは今日も元気だねぇ」
「ホントだねぇ。天使ちゃんの笑顔はいつも素敵だよ〜」
「この前まで、こーんなに小さかったのに……」
「ちょっとお婆ちゃん達!それいつの話よ!私は今日から高校生よ!」
「ええー?」
「ボケたフリしなーい!」
なんだ、孫が婆さん達のお見舞いに来ただけかよ……
俺は拍子抜けした
「……、あれ?新入りさん?」
「え?」
気が緩んでる時にいきなりこっちを向かないでほしい。同じくらいの女の子と話すとか緊張でしかない
「天使ちゃん、そんなこと言ったら失礼だよ。このイケメンの兄ちゃんはもう五年ここにいるんだってよ」
「え?そうなの?って、だから、その呼び方止めてってば!私の名前はセイラっていうの!」
そうか、この子の名前はセイラというのか
天使ちゃんと聞いて焦ったが、結構普通の名前だった
安堵したのも束の間、彼女は物珍しい物を見るように俺をじっと見ていた
「あー、俺、普段あまり出歩かないから…」
「病室どこ?」
「西フロアの三階だけど?」
「あー、それなら知らないわけだ。階が違うもんね」
うんうん、と腕を組頷いている
何かを納得したらしい
「それより天使ちゃん。頼んどったもの買ってきてくれたかい?」
「だから、私はセイラだってば……」
「天使ちゃん!」
「あー、はいはい。心配しなくても買ってきてるよ。看護師さんにもちゃんと報告してますからね」
呼び名は天使ちゃんで諦めたらしい
彼女は仕方ないという顔で婆さん達に紙袋を渡した
紙袋にはひらがなで「まんじゅう」とでかでかと書いてあった
「天使ちゃん、何で看護師さんに言っちゃうのさ」
「そうだよ。こっそり食べようと思っとったのに」
「頼まれたからって、勝手に買って与えるわけにはいかないでしよ?何かあったら家族の方に申し訳ないじゃない!あ、これお釣ね」
良くできた孫だなと俺は感心しつつも、今の会話が妙に引っ掛かった
家族の方に申し訳ない?
随分他人行儀な孫だな
「天使ちゃんはこの後どうするんだい?帰るんけぇ?」
「これから制服の自慢をしに行くよ。お婆ちゃん達探してたからまだ行けてないもん」
「そうか、そうか」
婆さん達は笑うが、俺にはさっぱりわからない
彼女は一体誰のお見舞いに来たというのだろう
何故か彼女に興味が出て俺は彼女から目が離せなくなっていた
「そういや、姫ちゃんも長いよねぇ」
「もうかれこれ八年か?」
「でも先生は回復する見込みあるって言ってたよ」
姫ちゃん?
八年?
今度は一体何の話をしてるんだ?
俺が不思議そうな顔をしていたのを察して三人の目線が俺に集まった
「私の親友の話だよ」
彼女はへへっと笑った
親友?
彼女は自分の祖母と親友両方が入院してるというのか?
俺がそう考えていると彼女が俺の顔に近づけてきた
「勘違いしてない?」
「え?」
「このお婆ちゃん達は私のお婆ちゃん達じゃないよ? 」
「……、は?」
俺の身体は固まって目だけが彼女と婆さん達を交互に見る
「天使ちゃんは、ほぼ毎日親友のお見舞いに来とるからねぇ」
「八年も熱心に通ってたら看護師さん等も私等も覚えるし、仲も良くなるってもんだよ」
「うんだ。天使ちゃんだけは顔パスさね」
「もう!お婆ちゃん達、嘘を教えないの!それから私は天使ちゃんじゃなくて、セイラだよ!それに、顔パスなんてしてません!今だってちゃんと面会受付表に記入してるんだから!」
「冗談じゃ、冗談!」
と言いながら婆さん達は笑っている
けれど俺にはそんな事どうでもよかった
それよりも八年間身内でもない人間のお見舞いに来ている彼女がすごいと思った
ドクン
心臓が激しく打ち、苦しくて胸を押さえる
しまった、薬の時間をすっかり忘れていた
早く飲みにいかないと……
俺は立ち上がって歩こうとするけれど、膝がガタガタと震えてとても歩けそうにない
「大丈夫!?」
彼女はよろめく俺を支えてくれた
「く、薬……」
かろうじてそれだけ言って俺は彼女に完全にもたれ掛かった
フロアが、ザワザワと騒ぎ始める
「お婆ちゃん!看護師さん呼んで!早く!」
耳元で彼女の慌てる声だけが聞こえた
最悪だ
病院内で走ってはいけません
わかってはいるものの、走ってしまいました
そこは突っ込まないでください




